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「さあ、そろそろ時間でしょう」
ピアノにそう言われて腕時計を見た僕は、時間があまりにも早くたってしまったので、心底驚いた。
「そうだね、行かなきゃ。本当に、どうもありがとう」
ぺこりと頭を下げると、ピアノもちょっと首をかしげて、
「どういたしまして」
と言った。僕は立ち上がりながら、恐る恐る訊いてみた。
「あのう、また一緒に練習できるかな」
ピアノはにっこりした。
「もちろんですよ」
「ほんとうっ?!やったあ!」
僕は嬉しくて嬉しくて、天にも昇る心地だった。
「居間のピアノは、お姉ちゃん専用みたいなもんだし、僕、なかなか練習できなくて困ってたんだ」
「それじゃ、今日からは、僕が幸太君専用のピアノになりましょう」
ピアノはそう言って、片目をつぶってみせた。
それからというもの、僕は毎日、好きなだけピアノを弾けるようになった。先生には褒められ、お姉ちゃんには不思議がられた。
「幸太ったら、いつ練習してるの?」
えへへ。僕は澄ましてこう答える。
「お姉ちゃんがいない時さ。だから僕のことは気にしないで、好きなだけ練習してよ」
「そぉ?…ありがと」
お姉ちゃんはいぶかしげな顔をしながら、楽譜を広げる。僕は足取りも軽く階段を上がる。居間から、ハノンが聞こえてきた。さあ、僕も練習だ。今日は何から弾こうかな。
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