華の一族

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 石造りの街並みは歴史を感じさせ、落ち着いた雰囲気があった。人の多い古都という印象だが、ランスロットはどこか町が眠っているように思えた。  街路を歩く民は俯き、市場からの活況も伝わってこない。この城郭(まち)全体が薄暗い靄に包まれているようだった。  イングリッドランド王国アークス州アスランティア郡の都セリア。名門ヴァレリア家の本拠地だが、城郭(まち)の空気は凋落した名声を象徴するかのようだった。 「セリアは古い城郭(まち)です。お館様は伝統や格式を重んじられる方ですので、ここを本拠に決められたのです。以前はアークス州の州都に住んでおられたのですがね」  ランスロットの感じた疑問を察したのか、マシューが言った。その顔はどこか寂しそうに映っている。  セリアの城門をくぐったランスロットは、人気のない小屋で服装を整えた。これからヴァレリア邸に赴くことになるので、身なりはきちんとしなければならない。 「お館様は皇都(ログレス)に逗留しておられるのでご不在になります。それから、ベルリネッタお嬢様の夫であるサルマート卿も、郷里へ帰っております。今、お屋敷にいるのは、奥方様とベルリネッタ様のみでございます」 「私は奥方様の遠戚としてお屋敷に入るということでしたね?」 「ええ、ランスロット様の素性は、ビフレスト州の小豪族リンクス氏ということになっております。ちょうど同姓の豪族がいたもので、系図も偽装しやすかったですよ。リンクス氏自体は細々と続いておりますが、豪族としての所領はすでに失っております」  イングリッドランド王国の豪族というのは、人間族がリエージュに入植したばかりの時期に、地力で土地を開拓して人を集めて、力を持った者たちのことを指す。その後、建国の旗手ログレスが現れ、豪族らと時に戦い、ある時は話し合い、リエージュ北方地帯にイングリッドランド王国を打ち立てたのだ。  対して貴族というのは、イングリッドランド王国から領地を与えられた者たちのことを指す。そのために、貴族と豪族という身分が存在するのだ。  ヴァレリア家の屋敷は、セリアの北東にあった。人の背丈以上の大きな塀に囲まれ、屋敷の周りをヴァレリア家の私兵が警固していた。 「奥方様は居室でお休みになられております。医師の診たところ、黒死巣だそうです。おそらくではございますが、もう長くはないでしょう。ですから、最後の願いだけは、なんとしても叶えてさしあげたいのです」 「黒死巣、ですか」  不治の病として知られている黒死巣は、この大陸全体で知られている恐るべき病魔であった。人は誰しも生命活動を行う上で、体にマナを取り込む。魔法の素養がない者も、生きていく上で自然とマナを取り込んでいるのである。マナは人の体内の活性、代謝を向上させるが、これが時に体内で変異して病巣を作ることがある。これが黒死巣だった。 「お館様はいろいろと手を尽くされていますが、奥方様は毅然とされております。ですが、日に日に衰弱していく奥方様を見るのは、お仕えする者としては心苦しいものがあるのも事実です」  厩に乗馬を繋いだランスロットとマシューは、館の前の広場に向かって歩き出した。館の周りは庭園になっており、敷地の広大さを実感できる。草花は庭師の手入れが行き届き、枯れ草が落ちていることもなかった。  正面玄関へ移動していた時、ランスロットは足を止めた。館の二階、西側の部屋に眼がいった。  窓から外を見つめる女性がいた。ずっと遠くを見つめるその顔はどこか儚げで、何かを憂いているようであった。  美しいプラチナブロンドの髪を後ろでまとめ、深い海のような蒼い双眸が眼を引いた。その女性こそが、ヴァレリア家の令嬢、ベルリネッタ・アイシス・ヴァレリアであった。  ランスロットに気づいたベルリネッタが、視線を移す。二人が見つめ合う。  何故かランスロットは、眼を逸らすことができなかった。そしてベルリネッタも、眼を外すことをしなかった。  
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