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山田桃
山田桃は俺の隣りの席に座っている。
俺の右隣りだ。
授業中ちらりと盗み見ると山田はいつも百面相で忙しい。
今日は一体何について考えているのか。
あの日の事を思い出し、くすりと小さく笑った。
*****
あの日も山田は授業中百面相をしていた。
最初は問題が難しくて解らないのかな?と思った。
そこでいつもの悪い癖が顔を出す。
数学の授業が終わっても百面相を続ける山田にもう癖になってしまった王子様のような柔らかな笑顔で尋ねた。
「どうした?解らないとこでもあった?」
「僕にはあの話納得いかないんだ」
むっと眉間に皺を寄せ唇を尖らせて言う山田。
忙しない感じがまるでリスみたいだなって思った。
顔の造形に興味がない俺でもその仕草は可愛いと素直に思える。
目を細め山田の事を眺めた。
「あの話?」
「『白雪姫』」
「は?」
王子様とは程遠い間抜けな声が出て焦る。
すぐに誤魔化すようにコホンと咳払いをして佇まいを正した。
さっきは数学の授業だったけど?
それに『白雪姫』って―――?
「あのね、週末だけ急遽従姉妹のちびちゃんを預かる事になって本の読み聞かせをしたんだけど、どうして王妃様はあんなに顔の事を気にするの?顔が綺麗てだけで義理とはいえ子どもを殺そうとしたの?顔も大事かもしれないけど、それだけじゃないよね?どうして中身は見てあげないの?きっと仲良くできたはずなのに」
とすっとハートにキューピッドの矢が刺さった気がした。
痛みも何もないただそこから温かい何かが広がっていくような幸せな気持ち。
入学式のあの日、レイと一緒に現れた山田。
別にこれといって何の感情も抱かなかった。
ただ、レイの山田を見る瞳が普段とは違っていて、それで気になっただけだった。
それなのに、
「山田は俺の事―――好き?」
思わず出てしまった言葉。
声が震える。
訊いてしまうのが怖い。
でも訊かずにはいられない。
祈る想いで山田を見つめるが、当の山田はきょとんとしている。
流石に唐突過ぎたと、発言を取り消そうとするがそれより早く山田が口を開いた。
「好きだよ?」
「どこが――――?」
怖い。でも訊きたい。
机の下でぎゅっと両手を握りしめる。
「うーん。恰好いいところ、かな」
あぁ……。
がっくりと肩が落ちていく。
常春のように感じていた心が今は極寒のように冷たく凍っている。
だけど、まだ山田の話には続きがあって―――。
「ハリーくんは勉強もスポーツも人一倍頑張ってるけど、それを表に出さないじゃない。それって恰好いいよね。あとね困ってる人がいたら、迷わず助けてくれるよね。それってとても勇気がいる事だと思うんだ。そんなところも恰好よくて――好き」
顔じゃなかった………。
込み上げてくる涙をなんとか堪え、小さく「ありがとう……」とだけ。
それ以外の言葉なんて出てこなかった。
いつもの王子様みたいな俺じゃなくて、そこにいたのは本当の俺。
嘘偽りのないただの高校生の郡山ハリー。
喜びに心が震えると同時に思い出す事もあった。
すっと視界に入る男の横顔。
幼馴染の市子怜の事。
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