冷たいひとより冷たいひとへ

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(集中できない)  郁はいらいらとペンを置いた。頭の中は一週間前に出会った香山洸海のことでいっぱいだ。なぜあの日、急に質問を止めて帰ったのか。何か気に障ったのか。いや、違う気がする。 (だっての後はなに? だって何?) そもそも、なんで笑ったことにそんなにこだわったのだろう。笑われて怒ったわけではないのならどういうことだろう。鬱陶しいほど聞きたがっていたのに、なぜ急に質問を引っこめて帰ったのか。考えれば考えるほどわからない。 だが、郁にはそれを確かめる術はない。本人に聞かなければ答えは得られないのだ。そして肝心の本人の居場所を郁は知らない。ひたすら図書館に来るのを待つしかないのだ。だから考えずいつも通り勉強を―― (できたら苦労しない) 来年は受験生だ。もう志望校は決めている。内申点がほとんど関係ない私立だ。両親も承諾してくれた。後は勉強するだけだ。でなければ落ちる。 (不登校の上に、受験失敗なんて最悪じゃん) なのに洸海のことがちらついて少しも勉強できない。 (なんで来ないのよ) 気分転換に顔でも洗おうかと立ち上がり、凍り付いた。ほとんど反射的に荷物を片付けてトイレに飛び込む。 (最悪) 視界の端に入ったのはクラスメートだった。そうだ。今日は四時間目で終わる日だ。洸海のことを考えている内に時間がたってしまっていたらしい。 (本当に最悪だ) 何も悪いことをしていないのに、クラスメートを見ると逃げ出して隠れる自分が本当に最悪だ。 (どうしよう) 図書館には戻りたくない。家に戻るのも嫌だ。この時間に帰ればクラスメートと鉢合わせる可能性がある。足を延ばしてどこかカフェにでも入るしかないとドアを開けた瞬間、鏡越しに洸海と目が合った。 「あ」 洸海が振り返る。慌てた様子で手を振った。 「ちょっと待って、もう驚かないでしょ」 「あのっ」 「はい?」 「ここから連れ出して」 ぶ。 今度は洸海が笑い出した。
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