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姉と僕
「“特別遺体運び屋”の認識票を見せろ」
役人の言葉に継ぎ接ぎだらけの衣服を身に纏った子どもが真っ直ぐに列を作る。その手には軍人が持つ認識票と似た金属板が握られていた。
僕の順番が回ってくると、役人に金属板を渡す。身体測定や意思疎通に問題がないかなどの健診が行われた。
金属板が返されると、役人が集う立派な施設を出て、庭園の噴水前に佇む姉の元へ駆け寄った。憂いた表情を僕に向けてすぐに無理した笑みを浮かべる。
「異常は?」
「ううん、ないって」
「そう…」
健康であることはいいことだ。でも、姉は僕の答えに喜んでくれない。僕の住む国では軍人になるにも地位や学歴が必要だから、貧しい僕らにとって手の届かない職業なのだ。だから行き着く先はこの“特別遺体運び屋”である。信頼がなくとも二十歳を超えるまでは生きる上に必要な衣食住を確保してくれる。
ただ、仕事は当たり前だが過酷である。
“特別遺体運び屋”の仕事をするようになってから僕らを監視する人があてがわれた。その監視役の人が今日の任務を告げる。
町のはずれにある薄気味悪い森の中で若い夫婦が心中したそうだ。そのご遺体を遺族のもとに届けること。そして葬儀場まで運ぶことが今日の任務らしい。
うっそうとした森の中でこんこんと眠り続ける夫婦のご遺体を見つけると、姉は手慣れた様子で毛布に包んで荷車に乗せる。姉の細くて薄っぺらな体が冬の凍てついた風に震え、破れかけた衣服から鳥肌が立っているのを目で捉える。
「姉ちゃん寒い?」
「平気よ、それよりアンタは風邪引きやすいんだからちゃんと着込むのよ」
いつも僕の心配ばかりする姉は強がった態度を見せながら、遺族の家に向かった。
冷たいご遺体を遺族のもとに運ぶと「厄介者が帰ってきたわ」と年老いた女性が零した。
「…貴族のもとに嫁ぎたくないからって、身分も何もない男と一緒に死ぬなんて愚かよ」
こうしてご遺体に向けて愚痴を吐き捨てるのは見慣れている。泣きわめいてご遺体を抱きしめる人がいれば、見たくないと顔をそむける人だっているのは分かっていた。
「……この町から近い葬儀場は二キロ先ね」
姉はご遺体に手を合わせることなく玄関の扉を閉めた遺族をにらむと、そのまま荷車を押し始めた。僕が代わろうとしても、姉は頑なに手伝わせなかった。
冷たい煙が煙突から出ていくと、ゆっくりと空へ昇っていく。両手を合わせてご遺体に別れを告げると、葬儀場から離れて僕らの監視役の人から今日の食糧を貰う。大事そうに食糧を抱える僕らの頭上を、めったに降らない雪がちらちらと姿を見せ始めていた。
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