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夜汽車に揺られて
この国では国策としてひかれた鉄道の他に、個々の会社が敷いた鉄道があり、むしろそちらのほうが数が多い。中央はラズラエル百貨店や美術館などを多く持つラズラエルグループが市内を繋ぐ鉄道やバス、運河の交通の一部を持っていて、残りは国と中央のランバート一族が整備している。
ハレヘまでは南北を繋ぐ大動脈と言われている、国を突っ切る形で縦断して伸びている鉄道がある。北から中央までは北部のランバート一族が持つ鉄道会社が敷き、中央からハレヘの手前のキドゥまでは南部辺境伯が敷いている鉄道があるのだ。一日に何本か特急も走っているが運賃は高めだ。
安く済ませるならば特急の出ていない小さな私鉄を乗り継いでいく方法もあるが、時間がかなりかかってしまう。
もう一つの方法としては、国の海岸線を走る列車に乗る方法だ。この海岸線の鉄道が整備されたのは戦後になってからで、歴史はまだ短く3年といったところだろう。半分は海から荷揚げされる積み荷を運ぶ貨物列車が走り、半分は海岸線を見ながら南部まで行く観光列車だ。この観光列車が走り出したのは実は今年に入ってからで、ジルはどうせ行くならひたすら海を眺めながらハレヘまで行きたいと常々思っていた。しかも途中に温泉街ができていて『間欠泉』という温水が空高く噴き出す神秘的な光景がみられるところがあるのだそうだ。
そんなことを目を輝かせながらジルが熱く地質学や南部の観光地についてなど熱く語ってこられたので、リオンもただただ頷いて話に聞き入ってしまった。
どうやら途中下車をするみたいで、ハレヘにつくのはまだまだ先になりそうだ。しかしリオンは迷惑なのにそれと拮抗するようにどこか楽しみな気持ちも芽生え始めていた。
(温かい泉ってどんな感じなんだろう。入ってみたいなあ)
お湯の出る泉は北部には結構多くて聞いたことがあったのだが、当然リオンは入ったことがない。ハレヘには残念ながら温泉というものはないそうで、リオンはもしかしたら一生行くことができないかもしれないと思ったら、流石に興味がそそられた。それが顔に出ていたのだろう。
「お前も行きたいよな?」とジルに確認された時、うっかり首を食い気味に縦に振ってしまって、がっついたようで恥ずかしくなった。しかしジルはその素直な反応を見てより機嫌を良くした。
意地っ張りの癖に顔に出やすく、リオンが嬉しさが駄々洩れて白い頬を林檎のように赤く染めるのが可愛らしくて、何度も見たくなって癖になったからともいえた。素直な表情を浮かべた時はリオンは年相応より幼く、掛け値なしに可愛く見えたのだ。
電車の中で取ろうと列車に乗る前に夕食を買おうとしたら、リオンがゴソゴソと鞄の中から林檎を取り出して『これを食べるからいい』なんて敢然と抵抗するものだから、もはやこのやり取りが面白くなってきたジルは『わかった。じゃあその林檎一個と、こっちのパンとスープ交換の容器とを交換しよう』と取引を持ち出した。
リオンがその申し出に喜色を浮かべて目をまん丸にすると、提案にすぐさま飛びついてきた。頭を突っ込まんばかりの勢いで鞄の中身を覗き込み、殆ど林檎ばかりが詰まったリュックの中から、おずおずと一つを取り出して渡してきた。
「これ、すごく赤い。美味しいと思う」
スープは容器を列車に乗る前に前もって買っておくと、時間になると車内販売のスープ売りがその中に品物を注ぎに来てくれる。使用済みの容器は降りる時に停車駅のにある回収箱に入れる仕組みなのだ。
列車に乗る前、このパンと容器の販売所でジルがその話を聞いていた時、隣のリオンの小さな桜色の口元がむぐむぐと赤子のように動いて、いかにも食べたそうにしていたのだ。
(きっとこいつ、食いしん坊に違いない)
駅の構内にある小さな小屋のような食べ物や土産物を売る店があり、リオンはいちいちそれらに目を奪われていた。だからきっと身体は細いが、食べ物に興味がありそうだそう思ったのだ。今後食べ物でうまい具合いにリオンを吊ることが一番簡単そうだとジルは彼の操縦術を心得られた気持ちになった。
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