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初めての贈り物
☆タイトル次回のものと変更したのが反映されていなかったようです! すみません!
あの後ジルに強引に抱えられて売り場に戻った。二人が戻ってくることを先ほどまで接客してくれた男性も待ってくれていて、人好きのする暖かな笑顔を向けられたからリオンはほっとした。
「俺からの贈り物ってことで、俺が選んでいいよな? これにします。太さの調整をお願いしたい。今すぐ付けて帰ります」
まだどこか納得しきれていないリオンが押し黙っているのをいいことに、ジルがさっさと並べられた首輪の中からリオンに合いそうなものを選んでしまう。
オメガのチョーカーはこのような百貨店では生活必需品としてその場で手渡ししてくれるサービスが一般的だ。職人が常駐していて、そのため値段も張る。親が子のオメガに買い与えるような比較的安価な首輪ならば病院で処方されるものや、番になる前の年若い恋人同士ならば鍵付きでなく、流行を追って何本も色柄違いで持つこともある。一生に一度の贈り物として大奮発し、人気の職人を抱える個人商店に発注して数週間をみてオーダーするものもあるが、やはり物の確かさと手に入るまでの迅速さを考えたらこういった百貨店で購入のが一番だろう。その後のサイズ調整も無料で請け負ってくれる。姉がこの百貨店で働いていたということもあり、ジルもこの店に若い頃から出入りしていて信頼が厚いのだ。
リオンはまるで子どものようになすがまま、係のものから白くか細い首周りを測られた。
白地に淡く柔らかな金色の光が溶けているような美しいチョーカー。真ん中には淡い金色の小さな金具に覆輪止めされた遊色が揺らめくオパールがさりげない感じに止められている。
すぐさま職人が調整をして持ってきてくれたのは老舗百貨店ならはのサービスといえるだろう。
「こちらは華美ではありませんが、内側の革も一級品で首への辺りが柔らかく、かつ上品なお色味でお客様の淡い柔らかな髪色にもよくお似合いですよ。それにお客様方の瞳の色のようなこのお石は、他にも様々な表情のものがありますが、この色、この光の揺らめきはこの世に一つといえますから、お客様だけのお品ということです」
華美ではないが一級品といえるそれは今までの布の薄さ頼りなさとは違い、首にしっくり馴染みつつも苦しさきつさは一切ない。
「苦しくはないですか?」
「いえ……。ちょうどいいです」
(俺……。他人から何か贈り物されたの、生まれて初めてだ)
正直これほど上等なものを身に着けたことがないのだ。内心、心が躍らないわけがない。あれほど固辞していたくせに、胸の高鳴りを悟られるのが嫌でリオンはきゅっと唇を噛んだ。
(この世に一つの特別な品)
鏡を向けられるが少し気恥しくて俯きながら指先で滑らかな革の表面をなぞると、ジルを見上げて反応をうかがってしまう。ジルがこちらをじっと見つめていたのが分かり、目が合うとどきっとしてしまう。
「似合っているな。俺の見立てはなかなかだろ?」
そんな風に言いながらジルの甘い端正な顔立ちで優し気に目を細められると、さっきまであれほど抵抗していたのに悪い気はしなくなる。
店員はそのままジルに向かって着脱の仕方を教え始めた。横に金属の部分があって、そこには鍵がついているのだが、その鍵はそのままジルに渡されてしまう。リオンが不満げに見上げるとジルは事も無げにこういった。
「オメガが自分で鍵を持っていたら、乱暴されそうな時に鍵を奪われて危ないだろう? パートナーが持つのが正式なんだよ」
そう言いながら首輪の色を思わせる淡い金色の鎖付きの小さな鍵を首から下げて服の下にジルが隠すようにしまってしまった。
「パートナーってあんた!っ 勝手に!」
しかし焦っているのはリオンだけで、もちろんジルはどこ吹く風、ぽんぽんと頭を軽く叩かれて、これが大人の余裕というものなのだろうか。
そんな二人の様子を、年嵩の店員の男性は微笑ましそうに見守って助け舟を出してくれた。
「お客様。おっしゃる通りですよ。この首飾りは宝飾品という範囲を超えて、身を守る道具として安全性に配慮し作られたものです。パートナーと一緒にいる時だけ外すことができれば、大抵のことは事が足りるものです。互いの絆を感じる大切な品だと皆さまにご好評いただいておりますよ」
こんなみすぼらしい格好をしたリオンにも、まったく邪気なく丁寧に接客してくれる店員さんに頭が下がり、リオンはそれ以上は何も言わずにお礼を言って頭を下げた。
その後、念のためにと薬局に抑制剤も買いに行った。もちろん一度も発情期を迎えたことのないリオンは抑制剤を使ったことも見たこともない。値段の見当がつかず再び腰が引けていたら、その支払いもジルが持ってくれた。いつかは働いてジルに返そうと金額がどんどん嵩んでいき、リオンは先を思うと流石に心細くなってきた。
(ちゃんと働いてお金を返したいけど……。本当に仕事が見つかるんだろうか。街をでてハレヘに行きさえすればどうにかなるって、思い込もうとしてたから……)
不安に目を向けてばかりいたら一歩も踏み出せる気がしなかった。ちらりと横を向くと、頼りになりそうな大人の男性が抑制剤購入に当たる書類に目を通していた。見知らぬ街かどの飴色の薬棚に取り囲まれた少しだけ薄暗い店の中、リオンはだぼだぼの袖口の中で拳を握ると、次第にジルが傍にいることに安堵感を得てしまっている自分自身を心の中で叱咤した。
(この人に甘え過ぎたら、一人で立っていられなくなる。できるだけ自分のことは自分でやらなくちゃ)
「それ、俺が署名します」
「病院以外で処方される場合は、本人だけじゃなく親や成人したパートナーの署名も必要なんだよ。昔からそういう風になってて、でも、この制度もどうかと思うけどね? オメガが自分だけで抑制剤を買えないなんて、時代錯誤と差別もいいところだよな。でも仕方のない側面もある。身体に合わないと副作用も大きい薬だから、本人以外にも購入の同意を取られるんだ」
「自分だけじゃ、抑制剤も買えないんだ……」
また一つ一人で生きていくために越さねばならない躓きやすい小石が見つかってしまった気分だ。傷ついた顔をしたリオンの肩をぽんっと叩き抱いたまま、パートナーとしてジルが身分証明書を出して署名をし(盗み見たがちゃんと警官だった)リオンはオメガであるという証明書を見せて自分も名前を書き込んだ。
薬局を出てから『その首輪つけてると、パートナーありのオメガって感じで何の疑問もなく薬も処方してもらえただろう?』などと首輪の有益性をそんな風にジルから訴えられる。首輪なしの年若いオメガが一人できたら、多分取り合ってももらえない可能性があるということだ。そんなものなのかなとリオンは一人で生きていくことの自信を失いつつも妙に納得してしまった。
地方から出てきた、親族も頼る者もいないオメガが一人で生きていくということ。思った以上に大変なことばかりで、もしかしたらこの社会は番なしのオメガが独り立ちをして生きていかれるようにはできていないのかもしれない。リオンは今さらながら知りたくなかった事実を突きつけられた。
(そうやって少しずつ、世の中ってものを知っていくといい)
けして突き放したいわけではない。でもこういう思い込みの強い性分の少年は身をもって実感させていくしかないのだろう。ここにきてジルは分かりたいと願っていたわけではないのに、彼の想い人・セラフィンが最愛の番と出会ったばかりの頃の気持ちが思い起こされ、とてもよく理解できてしまった。
(自分が手を離したら、あっという間に大きな獣に頭からバリバリ捕食されそうな小動物が目の前でちょろちょろしてたら、保護してやりたくなるものが人間ってやつだろ。他意はないさ)
ジルはすっかり意気消沈してしおしおとしたリオンを連れて駅まで戻り、中央の美術館と同じ建築家の作った天井が高くレリーフの美しい構内に入っていくと、各種鉄道会社の窓口がある一帯にやっていた。各社窓口には美麗で個性的な制服姿の女性従業員が花を競うように立って微笑んでいる。
「さて、じゃあ。お前は俺の為に親切心から一緒に旅してくれるわけだから、ハレヘまでの道順は俺の好きなようにしていいよな?」
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