830人が本棚に入れています
本棚に追加
別室ではあらぬところから体液を取られたり、身体の方々を図られたりと計測されたりと、リオンは慣れぬ検査の連続で疲れ果て、採血されたところで貧血を起こしてしまった。そしてそのまま仕方なく、検査室の隅にある寝台の上に横にならせてもらっている。
カーテン越しに看護師の女性たちの行きかう影をぼんやりと眺めていたら、彼女たちの話し声が漏れ聞こえてきたのだ。
「アドニアさん、モルス先生のところに来たの久しぶりよね?」
「二年ぐらい前はしょっちゅう来てたのにねえ。あれでしょ? あの子。あの子が来てからよね。レストランで一時期働いてたじゃない? 凄く綺麗な男の子。あの子オメガだったのよね?」
「ああ、レストランで少しだけ見かけたわよね? やっぱり噂は本当だったのかしらね? 先生とアドニアさんがあの男の子取り合って……」
「気まずくなったからこなくなってたって噂でしょ? でもまた来てるってことは仲直りしたんじゃない? だって先生、あの子と番になったんでしょ? もうお子さんも生まれたわけだし……」
話し声はそこで止んだが、リオンは先ほどとは違った意味で胸がどきどきというより締め付けられて、堪らず我が身を抱くようにして小さく丸くなった。
(……ジルが諦めなきゃいけない想い人って、先生の番になった人だったんだ)
とても綺麗な、オメガの男の子。
あれほど美しい先生の番なのだから、きっと信じられないほどの美貌を持つ少年だったのだろう。
(俺みたいな田舎から出てきたばかりの、みっともなくて、発情期もまともにきてないようなオメガじゃない。あの人たちが取り合うぐらいだ、きっと素晴らしく素敵な人に違いない。かなうはずない)
温かな手のひら、リオンを揶揄っては笑う顔の明るさ。街中を手を引いて歩いてくれる時、ふいに歩調を緩めてくれる優しさ。そんなジルの全てに少しだけ自分への好意を淡く期待していたのが本当に恥ずかしい。
じわっと涙が溢れてきた。
ややあってカーテンが引かれて、ジルが勢いよく枕元に駆け寄ってきた。
「リオン? 貧血起こして倒れたって、大丈夫か? 」
ジルの顔を見たらさらに涙が込み上げてしまい、リオンは自分自身に戸惑い、怯え、さらに涙が零れてしまった。
(俺、ジルが好きだ。でもジルは……。好きになってはいけない人のことを思って諦めようとしてたんだ。俺が迷惑をかけたから、俺に優しくしてくれているけど。本当はその人に愛情を注ぎたかったんだ)
そんな風に考えると、ジルが優しく抱き起こしてくれる仕草も心配げに見上げてくる精悍な眼差しも、全てリオンが受け取ってはいけないような気持になって今までが楽しかっただけに海の断崖に突き落とされたように哀しい。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてで、リオンはやるせない気持ちを諦めるようにぐいっとジルの胸を押し返した。
「少しだけ横になっていれば治るって言われたから。俺は大丈夫だから。ジルは先生と話をしてきていいよ」
「そうか……。無理したら駄目だからな?」
気づかわし気にまた大きな掌が布団に顔を埋めて涙を隠したリオンの頭を柔らかく触る。
その手を掴みたくて、つかめなくて。
ジルが再びカーテンを閉めて出て行ったあと、リオンは声を殺して今までこらえていた全ての辛さが押し寄せてきたように、涙が止まらなくなってしまった。
☆ジルとリオンはかなりの体格差があります。
ランですら、一番大きくなったとき170cmまで伸びました。
ショタヴィオより小さいです(笑)
最初のコメントを投稿しよう!