帰る場所

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帰る場所

「ごぼごぼごぼっ」 ワシは突然水に溺れた。 幸い老いていたりとはいえ 泳ぐことはできたので 落ち着いて立ち泳ぎをすることにした。 そして唸った。 「森の中じゃとぉ?」 ワシは驚いた。 それはそうだ。 ワシは水に溺れるまで 日本の小さな新興住宅街にいたのだ。 長い間小さな田舎町に住んでいたのだが、 年老いたワシを放っておけないと 息子夫婦に呼び寄せられて 灰色の街の中を散策していたのだ。 「とにかく岸にあがらなくては」 ワシは湖を泳いで岸へと上がった。 そしてはて困った。 ここがどこか分からない。 それに水で濡れてしまった服を どうすべきか。 とりあえず、この森は暖かい。 春も盛りのようだ。 そこで思い切って服を脱いで全裸になった。 「ははは、こんな爺の裸なんぞ 見たものはご愁傷さまだな」 そう言ってポンと腹を叩く。 すると腹の虫がぐぅと鳴く。 森の中だ。何か食べられる物が ないだろうかと 湖の周りをうろうろしてみる。 すると、丁度いい高さの木に サクランボの様な実がなっている。 食べられるだろうか。 ワシは躊躇した。 だがその時またも腹の虫が鳴った。 ワシは一粒を恐る恐る口に運んだ。 それは甘酸っぱくて美味かった。 そこでワシは手の届く範囲の限りの その果物を腹に収めた。 「さぁどうだ。腹の虫め。 これで満足しただろう」 ワシは上機嫌で腹をポンと叩いた。 するとなんとなく喉が渇いた。 目の前には、ワシが溺れた湖がある。 さっき溺れていた時に水を飲み込んだので 飲めるだろうとふんで 湖の岸辺に近づいて、水を手ですくって たらふく飲んだ。 そうこうしているうちに何だか猛烈に 眠くなってきた。 この訳の分からない状態で 眠ってしまうのは危険だが、 老いた体は休息を要求した。 ワシは眠るまいと頑張ったが ついに睡魔に勝てず湖の側で 眠ってしまった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ それから幾刻すぎただろう。 中年の男女が森から出てきて湖に やってきた。 「おや、こんな所に赤ん坊がいる」 男女は夫婦だった。 「あらあら裸で置き去りにするなんて 酷い親もいたものだね」 妻が可哀そうにと持っていた ブランケットで赤子をくるむ。 「こんな場所に赤子が一人でいたら 肉食動物に食われてしまう。 どうだ、うちには子供がいない。 育てるというのは」 「あんた、いいのかい。 こんな可愛い子を育てられるなんて 見て、この小さな手」 妻は慈しみを持って赤子を抱きしめた。 夫はその姿を優しく見つめた。 赤子は妻の腕の中ですやすやと 眠るのだった。 了
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