黒鳥

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黒鳥

私は森を歩いていた。 森は心地よい涼しい風を運んでくる。 私はその風に魅かれて足を運ぶと 急に森が開けて湖が現れた。 「君恋しや春の野に 共に手を取り寝そべりて・・・」 女の声がして私はそちらへ目を向けた。 女は全身黒ずくめで湖の側に座っていた。 その白い顔はどこまでも美しい陶器のように 白かった。だからこそ黒曜石の様な 瞳が憂いをおびて印象的だった。 そしてその紅い唇が紡ぐ歌声は 細い銀糸のように人の心の琴線に 触れるのにいつ途切れるか分からない 危うさを秘めていた。 私は女に近づいた。 その時湖に数羽の白鳥がいることに気づいたが、 そんなことはすぐに忘れて女の瞳をじっと見た。 「クレル?」 私を見上げた女がそう尋ねる。 私は戸惑った。 「アイシテクレル?」 「もちろん。私は西の国の王子です。 美しい人よ、共に私の国へ来てください」 私がそう言い切ると、 突然、黒雲が湖を覆い雷が私に落ちた。 「嘘つき! お前の国にはお前を待っている 女がいるではないかっ。 お前は只、私の美貌に惹きつけられ 飽きたら捨てる気だろう。 あの男のように。 ああ、またつまらぬ者に問いを発した。 お前はあの湖の白鳥たちと一緒に 白鳥として人生を終えるが良い。 さぁ、行けっ」 そう言うと女はペタンと湖の側に座り 「君恋しや春の野に 共に手を取り寝そべりて・・・」 と歌いだした。 私は自分が白鳥になっているのに 呆然とするのだった。 了
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