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その青年は森の中を必死で走っていた。 腕の中には大きな白い卵を抱えて。 そして森の木々が開けた時 そこには澄み切った水を湛えた 湖があった。 青年はふらふらとその湖に近づくと 卵をショールで覆い、 自身は湖の水を掬って心行くまで飲んだ。 そして立ち上がろうとした時、 彼の首に固い物が当たった。 「もう逃げられないぞ、子爵」 固い物は剣の切っ先。 この国一番の騎士の抜身の剣。 「もう追いついたのか。さすがはこの国一の黒騎士だ」 「野暮な二つ名を言うな。そんな嫌がらせをしても そなたの運命は変わらぬ。 さぁ、その卵を寄こせ」 「嫌だ!この卵は天使の卵だ。 王妃様が必死で産んだ卵だ。 それを城の黒魔術師たちが王の欲望の為に 歪んだ魔力の塊として使おうとしている。 そんなことは絶対に許されることではない」 「俺は騎士だ。王に、この国に忠誠を誓う者。 さぁ、その卵を寄こせ」 「・・・・」 「子爵、いや、友よ。俺の本名をつぶやいても 状況は変わらぬ。さぁ」 騎士が卵に手を伸ばそうとしたとき、 卵にぴしりと亀裂が入った。 青年と騎士は卵の殻が割れて行くのを ただ黙って見ていた。 そして、赤ん坊の泣き声が辺りに響いた。 その赤ん坊は背中に白い翼を持っていた。 「王子の誕生だ」 子爵がショールにくるんだ赤子を大事そうに 抱きしめる。 「ならば、そのお方は我が主君。 害することはできぬ。 城の魔術師たちは罰せられよう。 王子を害そうとしたのだからな」 騎士はそう応える。 城へ戻った。 その後どうなったのか。 湖は黙して何も語らない。 了
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