副支配人川村

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「はい、土佐副支配人川村でございます… はい、はい…」 bot川村はお面でも付けているかの様な表情で一切感情を顔に出さない人間だ。その川村が少し顔をしかめた。そして鍵を回すジェスチャーをした。私は急ぎオフィスの鍵を閉めた。その音が聞こえた直後に川村は電話をスピーカーに切り替えた。私も一緒に聞けと言う事だ。 その内容に背筋が凍った。 今日の朝、観光の相談にのった女性3人が事故に合い怪我をした。一人は入院までした重症、ただその一人が会社の大株主のご親族でその方から本部に連絡が入った。事故の原因は相川さんが本人達の希望を元に作成した観光コースを公共の交通手段で回る一人当たりの料金と、割勘でハイヤーを貸し切れる料金はほぼ同じで時間効率も良いからと勧め、手配したハイヤーが事故を起こした。運転手は渡された行程表で次のホテルのチェックイン時間に間に合わせるには急ぐしかなかった、スピードを出したのが原因だと。つまり相川が作った行程表に無理があったと責任転換をして来た。その事でどうなっているのだと大株主様から本部に連絡が来たと言う事だ。 川村はそれを受けこちらの対応の確認をしている。相手が相手だけに、いちホテルの従業員のお詫びで済まない上、きちんとした責任の所在をはっきりさせる為に動くなと言う事、それが済む迄はハイヤーの会社を別にする事が伝えられた。どちらにしても会社として該当社員の対応をきちんと示さなければならないだろう、追って連絡するとの事だった。 暫くの沈黙の後… 「相川には言うな、それとさっき言いかけた事は何だ」 川村が思い出したかの様に言った。私は話しかけていた事を思い出した。 「はい、本日は本郷様の件、ありがとうございました。沙羅さんにも改めて後日お礼に伺います」 「その事か、気にするな。後、沙羅は明日から東京とかあちこちのデパートの物産展のゲストに呼ばれていて10日程留守だから、俺から言っておく」 「えっ?沙羅さんいらっしゃらないんですか?お寂しいですね」 「だな、こんな時こそだよな。じゃっ、お疲れ」 私は耳を疑った。川村が弱音を吐くなんて初めてだ。オフィスを出て行く川村の背中に少しだけ体温を感じた。
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