劣情。

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劣情。

本命じゃなくても、望んでも本命にはなれないから、それなら身体だけでもと言ったのは私だ。 どうしても触れたかった。 どうしても触れてほしかった。 本命だけが触れられるこの人の身体全てに、私が触れたかった。 丁寧じゃなくていい。 独りよがりな行為でよかった。 じゃなきゃ、もっと沈んでしまうとわかっていたから。 本命とどんな行為をしているのか知らない。 これまでどんな行為をしてきたのかも知らない。 でも、この人はどんな時でも紳士で、優しくて丁寧。 自分の快楽よりも私の身体を優先させる。 それがどんなに甘くて切なくて残酷か、まるで思い知らせるかのように。 行為が終わって、シャワーから出てくるあなたと次の約束をする。 糊の効いた固いシーツを裸体に巻き付けたまま。 「次はいつ?」 「来週はアレがくるんじゃないの」 「じゃあさ来週……私の周期覚えてるの?」 「今日、身体がやけに敏感だった気がしたからそろそろかと思っただけ」 スーツのジャケットを背中から彼に着せる。 私はシャワーも浴びずにシーツを纏ったままで。 身体に痕を遺せない代わりに全身にキスをした。 せめて次に会うまでその感触が残り、思い出して濡れるように願って。 「支払いはしておくからゆっくりしてっていいよ」 「いつもありがとう」 「じゃまた連絡する」 広いホテルの部屋に一人きり。 巻き付けたシーツをしわくちゃなベッドに広げ寝転がる。 そして、さっきまで彼が愛した身体を、彼の指や吐息を思いだしながらまた辿るのだ。 物足りないんじゃない。 彼を、私を愛した彼を刻みたいのだ。 深く深く、もっと貪欲に。 食べるみたいに愛された身体はすぐに熱を取り戻す。 もっと欲しがってと触れる指や、獣のような荒れた呼吸、互いに濡らした唇。 一番言いたい言葉も、欲しい言葉も、どれもない虚しさは火照る身体にかこつけて放り投げた。 本命は清楚なお嬢様だといつだったか噂で聞いた。 だったら、私はどこまでも淫らな女を演じる。 高級な食事もブランドバッグもいらない。 身体だけでいい。 いつか素なあなたと身体を重ねられるまで。
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