いいから惚れてみろ②

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いいから惚れてみろ②

半ば脅しの告白からのお付き合いを始めて一ヶ月。 何の進展もない。 やっぱり色々と足りないのだろうか。 「ねぇマスター。あたしってやっぱり胸とか色気とか足りないですか?」 「まぁ、俺からしてみれば足りないとかのレベルではねーけど、サトシはあんまこだわりないんじゃないの」 前半は聞かなかったことにした。 こだわりがないならなぜ何もされないんだろう。 キスはおろか、手さえ触れられないとは。 こうなったら……吐かせる。 迎えに来たサトシさんと、サトシさんの部屋に行く。 無理やり上がり込むのをもう三度ほどやったし、 お風呂上がりの濡れ髪も、 白いヒラヒラエプロンをつけたり、 普段しないポニーテールで料理もしたし、 露出度高めの格好でウロウロしてみたりもしたのに指1本触れられるどころか、サトシさんとあたしの間には距離があるし見えない壁がある。 マスターの貯蔵庫からくすねてきたサトシさんが好きそうなビールを並べておつまみを作る。 出来上がったおつまみの五つのお皿がテーブルに並ぶ頃にはサトシさんはもうほろ酔いだった。 「サトシさんて性欲ないの?」 「ないわけないでしょ〜あるよ〜」 「どれくらい?弱い?強い?」 「さあね〜そこは比べられないからな〜」 「じゃあ、やっぱりあたしにはそういう気にならないんだ……」 「え〜?なんて〜?」 急に、もうどうにも頑張れないところまで落ちてしまった。 好きと言われない。 触れられもしない。 片思いは片思いのままで、そこから進むどころか性欲を処理する相手にすらなれもしない。 もうどうすればいいのかわからなくなった。 サトシさんの手から奪い取ったビールの残りを煽り、ごくんと飲み込んだ途端視界が歪むほどの涙が溢れてきた。 強引なやり方だけど、他にやり方がわからないながらも必死だった。 呆れるほど惚れっぽくて、でもそこがたまらなく可愛くて放っておけなくて、どうしても好きで。 たくさん、何個も何個も嫌いなとこを言い上げて抗ってみてもやっぱり好きで。 でも好きなだけじゃだめなんだ。 この人にはあたしじゃだめなんだ。 「………帰ります」 「だめ〜」 「………え」 「酔ってて送って行けないからだめ〜」 「一人で帰れます」 「だめ〜こんな遅くに女の子一人は危ないでしょ〜?」 「女の子?」 「え、女の子でしょ〜?」 「サトシさん、あたしが女の子に見えるんですか」 「いや、女の子にしか見えないけど」 「じゃ、じゃあなんで…」 「ん〜?なんて〜?」 「なんで、手出してこないんですかっ」 「ぶっ」 サトシさんが口に含んだ薄い黄色の液体があちこちに吹き飛んだ。 けほげほと咽たサトシさんが慌てながらティッシュで溢れた液体を拭くのをまた歪む視界の中見つめた。 「あすかちゃん、ちょっとそこ座っ……もう座ってんね」 「はい」 「あのね、あんな感じの始まりだったけど、俺は大切にしたいと思ってんの」 「……はい」 ダメだ。 涙腺が壊れた。 もうどうぞ状態でタレ流れる。 「その、そういう関係になるのは言えばいつでもなれるからさ」 サトシさんが頭を掻きながら箱ティッシュを差し出してくれる。 盛大に鼻を噛むあたしを見てふはっと笑ってからポンポンと頭を撫でた。 「こういうもどかしい期間も大切にしたいなあと思ってたわけです」 「もどかしい期間が長いの!」 「え、あ、ごめん?」 「好きって言ってくれないし!」 「いや、それはあの、もう三回くらいは言ってんだけど…」 「うそ!知らない聞いてない!だから言われてない!」 「まぁ、あすかちゃんが寝てる時にこそっとだから…」 「今!今言って!」 「え」 「ちゃんと好きなら、今言って」 さっき栓をしたはずの小さな穴がまた広がる。 もうポロポロとかじゃなく、どばーとだばーと涙も鼻水も流れる。 ドラマや映画のような告白シーンとは程遠い。 それでも、情けない頼りない男に惚れたんだから仕方ない。 「好き、ですよ、ちゃんと」 あぁ………こんな告白でもちゃんとクる。 ちゃんと届いた。 好きな人からなら、どんなシーンでも関係ないんだ。 テーブルに乗ったごま油で炒めたにんにくの芽の匂いが充満する部屋でも、 ものっすごい汚れた泣き顔のあたしでも、 とんでもなく惚れやすい振られ男でも、 たぶん一生思い出す幸せなシーンだ。 「ほら、だから言ったじゃない」 何枚も何枚も引き出したティッシュで顔を拭き、笑う。 「とりあえず惚れてみろって」 あたしが幸せにしてあげる。
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