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だって、仕方ないじゃない。
二人仲良いねって言われて、でも友達じゃない、友達じゃない訳でもない、でももっと特別な、でも彼氏でも兄妹でもない、小さな頃から一緒にいて、誰よりも手を繋いで、側にいた大切な、かけがえのない存在。
それをぱっと言い表わせられるのは、幼なじみだったんだから。
こうたが私なんかを好きなんて知らなかったんだから。
「だから泣くなって」
小さなテーブルの上からこうたが箱ティッシュを取って差し出すのをふいと顔を背けた。
「おい、垂れるぞ鼻」
「そのパーカーは、なんで着てんのよ」
「なんでって、服だから?だろ?お前何言ってんだよ」
「あの日みたいに、それで拭いてよっ」
ぽかんと口を開けた間抜けな顔で私を見上げたこうたの顔が崩れる。
ゆっくりと立ち上がったこうたが大きく一歩踏み出して、次の瞬間には腕の中に閉じ込められた。
堪えてた声がこうたのパーカーに吸い込まれる。
長い間幼なじみだったこうたがあの日から男の人になった。
意識してないように見せて、本当はずっと頭の中をあの言葉が支配していた。
失恋に泣き続けずに済んだのは、間違いなくこうたがいたからだ。
後頭部の髪をゆるっと撫でた手が背中に降りる。
「好きって素直に言えねーのか」
「わ、かんない、もん!」
「ここに来たのでわかったんじゃねーの?」
「腹がたったの!」
「だから何で腹がたつんだよ」
「私の知らないところで、えぐ、勝手に幸せになろう、と、ぉ、してるから」
「してねーよ」
「告白されたって、言ったっ」
しゃくりあげる私の背中をとんとんとあやすように叩く手が好き。
男くさい匂いが好き。
悔しいくらい好きだったんだと自覚させられているのがあまりにも悔しくて、涙も悪態も止まらない。
「断ったよ。ちゃんとそこを聞けよ」
あやす手が止まり、両腕がぎゅっと閉じ込めるように私の身体を包む。
ちゃんと抱き締められているとわかった途端、一瞬止まった諸々がまたあふれ出した。
「幼なじみはもう飽きたつったろ。ようやくそこから動けるのに他に目がいくかよ」
「じゃあ……幼なじみじゃなくなったら、何になるの」
「それはお前が決めろ。それにうんって言ってやるから」
強引に顔を上げさせられ、パーカーで雑に顔を拭かれた。
睫毛に引っかかった粒を親指がまた雑に弾いた。
「……………下僕」
「お前なっ!」
「うんって言うって言ったくせにっ」
「誰が下僕だっ!もう黙れ!」
「やっ」
持ち上げられた顎、首の後ろがぐきっと嫌な音を立てたのに、もう喋れなかった。
こうたの熱が唇に重なったから。
どこも固いのに、触れた温もりは柔らかくて、いつもの雑さからは想像も出来ないほど優しく重なる。
上唇を食んだ唇がまたしっとりと重なって、チカチカするほどぎゅっと閉じた瞼からまた流れた雫が重ねたその隙間にじわりと染みた。
「…しょっぺ」
「だ、って」
「ほら、言え」
「彼女、に、…………して、くださ」
「ちげーだろ!好きって言えよ、このバカ!」
「せ、っかく、言えそうだったのに!」
「あーもう泣くなって!」
「泣かしてんのは、こうた」
「もう黙れ」
どっちなんだよ。
言えって言ったり、黙れって言ったり。
二回目のキスもしょっぱくて、ムードも何もなくて。
結局好きも言えなくて。
それでも、幼なじみからはお互い卒業出来た。
次の日も、あの朝みたいにパンパンに腫れた瞼を見たこうたは爆笑して、拗ねた私の手を引いて学校に行った。
駅に着いても、電車の中でも、学校に向かう道でも、ずっと離さなかった繋いだ手は、
これからのあたらしい二人を約束してくれているようだった。
「ねぇ」
「んだよ」
「……好き、だよ」
「ようやく言ったな」
初めてサボった朝のホームルーム。
腫れた瞼に乗せられた濡れたタオルハンカチ。
立ち入り禁止の屋上への踊り場。
しょっぱくない三回目のキスも忘れないと誓う9時15分。
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