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仲直りのさくらんぼ。
一緒に暮らし始めて、初めて喧嘩をした。
もう喋らない!とわたしが言った。
そう広くないベッドで背中を向けて眠る夜。
一日あったことを話して聞いた夕飯も無言。
お風呂も別々。
肩をぶつけあってした歯磨きも一人。
二人で暮らしているのに一人でいるみたい。
喧嘩した原因は何だっけ。
怒っていたのに、話したくないと思うほど怒っていたのに、もうどうでもよくなるほど恋しくなってる。
なってるのに、自分から謝るのは悔しくてやっぱり口をきかなかった。
喋らなくなって3日、休みの朝起きたら隣の背中はもう起きていた。
顔を洗って歯磨きをして朝ご飯を食べようとキッチンに行くと、洗われてきらきら光る宝石みたいなさくらんぼがかごに盛ってあった。
「てっちゃん!これ、これ!」
「喋んねーじゃなかったの」
「だって、でも、これさくらんぼ!」
「おう、さくらんぼだよ」
「買ってきてくれたの?」
「おう。で?仲直りすんの?」
ん?と腕を広げるてっちゃんの笑顔。
収まってすり寄って匂いを嗅ぐ。
擽ったいと身を捩って逃げるてっちゃんにますますすり寄った。
「仲直り、する」
「っしゃ!」
「仲直りのちゅー……して」
「ちゅーだけ?」
「……………アレも、する」
「ふーん?さくらんぼは?」
「仲直り終わったら食べる」
「へーぇ?」
よいしょ、とコアラみたいに抱き上げられて戻る寝室。
ベッドに寝ころがされて乗っかってくる身体の重さに幸せを感じる。
行き場のなかった腕を回せるのも幸せ。
「で?ごめんなさいは?」
「え?それはてっちゃんでしょ」
「………………さくらんぼ没収」
「やっ!いや!だめ!」
「じゃーごめんなさいしろ」
「せーの!せーので!」
「今回だけだぞ。せーの」
「「ごめんなさい」」
いつもよりたくさんキスをして、触れ合えなかったのを埋めるように互いに触れて、また改めて好きだと思った。
好き好き大好きと言い続けて、てっちゃんにもういいとデコピンされても、それでも好き好きと言い続けた。
二人して寝落ちして、一緒にシャワーを浴びて、朝ご飯も昼ご飯もすっ飛ばしたわたしたちは、とりあえずさくらんぼを食べた。
きゅうとするほどすっぱかったさくらんぼに二人顔を顰めて、噴き出して、そしてまたキスをして抱き締め合った。
後日、てっちゃんのスマホのホーム画面には通販のさくらんぼのサイトがいくつも載せられていた。
のを、見た事は黙っておいた。
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