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ようじさんが言った明後日。
その日ようじさんはバイトに入ってなかった。
ようじさんがいない日にバイトに入ることは初めてだった。
いつもより長く感じたバイトを終え、裏口から出て駅に向かう。
改札に向かうと、間違えるはずもない長身の、思う人がいた。
「さあ」
私を見つけて笑う左頬にはえくぼ。
立ち止まる私の前に歩いてきたようじさんは、お疲れさんと言って、三角巾で跳ねた前髪をつんと引っ張った。
「どうしたんですか」
「さあに会いに来た」
「え…」
「とりあえず電車乗ろ」
ようじさんと私の間はまだ距離がある。
横に並んで電車を待つ。
ようじさんの肘がこつんと腕に当たった。
「予約って、まだ有効?」
「予約なんてしなくても誰からも何も言われないです」
「さあはわかってない!てつだってひろだって、けんとだってさあのこと可愛いって言ってんだから!」
いきなりの大声に口が開いた。
あっという顔をしたようじさんが次の瞬間にはぶすっとむくれた。
「さあが本当鈍感で牽制すんの必死だったし!」
「え…」
「さあと同じ日しかバイト入んないからって店長に直談判したし!」
「え」
「したら双葉にバレて、彼女いるくせにふざけんなって蹴られたし!」
「えっ」
「俺もわかってたの!けど、ちゃんとする前に横から掻っ攫われたら嫌だから予約とかめちゃくちゃかっこわりーことしたの!」
かっこ悪いのかな。
すごく、ものすごくかっこいいけど。
「さあ、我慢出来ねーからこんなとこで今言うけど」
ようじさんが何か言ったのを、入ってきた電車の音が消した。
プシューと音がして開いたドアに向かってくそっと悪たれたようじさんの手が私の手を握る。
引っ張られるようにして乗り込んだ電車は週末前で混んでいた。
乗ったドアとは反対側のドアに凭れるようにして、握られた手はそのままに寄り添うように。
空いていた距離はほんの数センチ。
ガタンと動き出した電車の揺れに近づいたようじさんの胸は離れなかった。
ようじさんの棒を掴む手に背中を押されて、目の前の胸しか見えなくなった。
息が、上手く吐けない。
ドキドキとする心臓の音が電車の音より大きいかもしれない。
「さあ」
囁くような声が真上から聞こえた。
「…好きです」
こんなところで言うなんてズルい。
ボロっと溢れた涙を隠すみたいに立ってくれるようじさんの優しさもズルい。
「我慢できなくてごめん」
ううんと首を振るのが精一杯だった。
泣き声を上げそうだったから。
ガタンゴトンと揺れる電車。
私も好きですと、ちゃんと伝えたいから早く着いてほしいのに、
他の誰にも見せないように隠してくれるようじさんが凄くかっこいいから、もう少しだけこのままで……
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