ようちゃんとさあちゃんその2

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「さあちゃん、この手は何ですか」 「あ、の、え、と、ごめんなさい、思わず…」 「……………いや?」 「……い、や、じゃ、ない」 手のひらにようちゃんの唇がくっと押し付けられる。 指の隙間をこじ開けるようにして微かに唇が唇に触れた。 ようちゃんの手が手首をそっと掴んだ。 「さあ。紗弓、ちゃんとしたい、させて」 どんな顔をしているのかわからない。 鼻先が擦られて、それを合図のようにきつく閉じた瞼。 息も止まる。 触れた柔らかい温もりが離れ、顎がようちゃんの指先に持ち上げられた。 「さあ、好き」 「ようちゃん……」 うるさいほどの心臓を押さえるように胸の前で握りしめていた手がようちゃんの手でそっと解かれまた指が絡められる。 こつんとおでこがぶつかって、鼻と鼻がくっついた。 「さあ、もう一回していい?」 こんなことを聞かれる日がくるなんて…… お母さん……ふしだらって言うかな、早いって言うかな。 でも、間違ったことはしてないです。 この人が好きで、とても好きで、でもこの人を好きなだけの毎日ではなくて、他のことも一生懸命です。 会えることが、一緒に居られることが、触れ合えることが、どれも嬉しくて幸せです。 この人が、とてもとても好きなんです。 小さく頷いただけの私に、ようちゃんの左頬にえくぼが浮かぶ。 そっと触れた唇がさっきよりも強く押し付けられて、絡められた指がより熱く感じた。 離しがたい指を解き、別れて部屋に入る。 明かりをつけて、ベランダに出て、それを待つようちゃんをチカチカする街灯の下に見つける。 大きく手を振ったようちゃんがスマホを指差してから帰っていくのを角を曲がって見えなくなるまで見つめていた。 バッグからスマホを出して、LINEの通知をタップする。 また明日連絡すると書かれたメッセージの下に、ハートだけのスタンプ。 同じスタンプを送って、「気を付けて帰ってね」とメッセージを送った。 初めてのキスは………何の味もしなかったです、お母さん。 それより破裂しそうな心臓の音と、与えられたような唇の熱が…… 思い出して、声にならない声を上げて一人じたばたしてしまった。 人を好きになるって凄いパワーを感じる。 何でも出来そうな気がする。 お母さん、私ようちゃんもだけど、ちゃんとするよ。 学校のこともバイトのことも。 どれもないがしろにすることなく、どれも一生懸命やるよ。 大切なことや物が増えていくって、大変だけどとても幸せなことだとちゃんと思えるから。
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