何度でも。

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何度でも。

彼の熱がゆっくりと、けれど確かめるようにしっとりと重なってからしまったと思った。 私は何をするにもいつもちょっと遅い。 朝晩と昼の寒暖差で少し前から唇がカサカサしていた。 スクラブして保湿しなきゃ。 そう思っていたのについつい後回しにしてしまったら、ついにあちこちめくれる程に荒れてしまった。 まだマスクしてるし、いっか。 唇の上下が合わさるたびにペロとめくれる皮を舌先で遊び歯で噛むのを少し楽しんですらいた。 もう少し早くケアしていれば。 初めての彼とのキスなのに。 カサカサな唇でがっかりしているだろう彼に申し訳なくて自分から唇をずらした。 「ごめん……」 「ん?何が?」 すぐ近くで聞こえる彼の声が囁くように聞く。 「唇が……カサカサで」 「………それどころじゃない俺は、かっこ悪いって思う?」 え?とあげた顔、頬を大きな手のひらが包む。 「初めてキスできるのとできたのでいっぱいいっぱい」 鼻先が微かに触れ合う。 思っていたより長い睫毛が目元に薄い影を作る。 「ずっと…したかったから」 彼の照れた声に、冷えていた頬が一気に熱くなった。 「私も……」 「めくれてるの痛くない?」 「痛く、ない…」 「じゃあ」 触れ合う鼻先がずれる。 ふっと細く短く吐かれた彼の息に思考も動きも止まった。 「もう一回、してもいい?」 キスをするのを聞く男はどうのこうの。 SNSで何度か見た批判。 小さく頷いて目を伏せながら思う。 私は聞かれるの好き。 だって、私に夢中になる時間だよって宣言されてるみたいで。 かさついた唇ですら、めくれた皮ですら愛しむように触れてくれる彼に夢中になれる時間。 きっと短い出来事が、ふわふわと続く夢の中のように感じる。 「………リップクリーム買いに行こ」 まだ離れがたい唇が間近で言う。 「一応……持ってるんだけど」 「違う、俺の」 「え?」 音のする一瞬のキスをした唇がふっと緩んだ。 「今度はキスして貰えるように俺も準備しときたい」 「……私から?」 「どっちからでも」 嬉しそうに笑う彼につられて私も笑う。 これから何度でもキスをしよう。 カサカサの唇の時は労るように、 喧嘩した後はごめんねを告げるように、 愛しさが溢れ出しそうなときは大好きをたくさん込めて。
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