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 ばあちゃんが死んだ。  一報を受けて、おれは田舎に飛んで帰った。冷たい雨の降る六月に、いくつも電車を乗り継いだ。最寄り駅からは、親戚の車に乗った。雨は土砂降りになっていて、しつこいくらいに強く窓を叩いていた。おれはただぼんやりと、薄暗い空を眺めていた。  ばあちゃんちは一軒家だ。日頃は賑やかな家だが、今日は静寂に包まれていた。親戚たちが喪服で集っている。ばあちゃんの飼い猫だけが、親戚たちの足元を忙しなく行ったり来たりしていた。  おれの両親は来ていない。来たがってはいたが、母は入院しているし、父は遠方で仕事だ。だからおれが来た。おれはばあちゃんとは縁が薄いが、仕方ない。  ばあちゃん本人は、隅に唯一あった和室に寝かされていた。ばあちゃんが一番好きな部屋だった。かつて純和風の家屋だったばあちゃんの家は、叔母夫婦と同居するにあたり、リフォームですっかり洋風に作り替えられたのだが、ばあちゃんが和室を残してくれと言うので、そこだけ畳が敷かれていた。  恐る恐る近付いて、顔を覗き込んでみる。遺体をまじまじと見るのは初めてだ。しかし、ばあちゃんの手足はこんなに短かったろうか。まるで人形だ。本人は笑顔である。何でも、昨夜、眠るように逝ったばかりらしい。  親戚から今後のスケジュールを軽く聞いたあたりで、葬儀屋が到着した。何でも、ばあちゃんの『旅支度』をするらしい。おれはその辺に全く詳しくないのだが、要は、ばあちゃんはこれから来世に向かって旅をするので、それに相応しい足袋を履かせたり、杖を持たせたりするそうだ。  用意するときになって、初めてばあちゃんの手に触れた。冷たかった。それに固かった。ばあちゃんそっくりのマネキンがそこにいるんじゃないかと思うほどだ。ドラマでよく見る光景だが、実際に見ると全く印象が違う。生きている人間と比べると明らかに異質だ。猫が近づいてきて、ばあちゃんの首元の匂いを嗅ぐ。猫は叔母に抱きかかえられて、隣のリビングに放たれた。  親戚がすすり泣く中、おれは人形のようなばあちゃんを、ただじっと眺めていた。魂が抜けた人間というのはこうなるのか。縁が薄いとはいえ、別に絶縁していたわけではない。単に日頃から会うには距離がありすぎたから、自然と疎遠になっていただけだ。無情に横たわる死の現実を前に、おれは何も言うことが出来なかった。ばあちゃんはもう、おれを見ても、颯馬ちゃんと笑いかけることはない。特製の塩むすびを握ってくれることもない。  普段はばあちゃんにしか懐かない猫が、懲りずにおれの足元に擦り寄ってきた。外では雷が轟き始めた。  ばあちゃんが死んだ。
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