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「あんな風にお下品やってるけれど……頼り甲斐があって優しくて、意外と可愛いところもあるのよ。私の特別な人なの。志鬼と一緒ならこの先なんだって乗り越えられる気がするわ。美鈴ならわかってくれるかしら?」
あゆらは柔らかく微笑みながら、美鈴に話しかけた後、立ち上がって志鬼の帰りを待った。
「それにしても遅いわね、一体どこまで行って……」
秋の終わりを告げるような、冷たい風が吹き抜けた時、あゆらは突如として不安に襲われた。
あゆらは志鬼のいる生活が当たり前になり、離れることなど考えられなかった。
——いや、考えないようにしていたのだ。
あゆらは思い立ったように走り出し、スマートフォンで志鬼に電話をかけた。
すると六コール目で、躊躇うようにそれは繋がった。
「志鬼、志鬼っ!? 今……今どこにいるの!?」
電話口にいるはずの志鬼に呼びかけながら、あゆらはあらゆる場所を探した。
すると、丘から見下ろした先にある最寄駅のホームに、背の高い一つ結びの金髪を見つけた。
見慣れた後ろ姿は、停まった電車に消えてゆく。
『……せっかく平穏な暮らしが始まったのに、極道なんかとつるんでたらあかんやろ』
ようやく聞こえたその声は、寂しげに、やや震えていた。
志鬼はあゆらを自分の手で幸せしたいと思っている。それさえ叶えば、他には何もいらない。そのためには今のままではダメだ、変わらなくてはと、とっくに覚悟を決めていた。
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