43.大好きだからさようなら。

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「志鬼! 待って、待ってよ! 降りて、今すぐ私のところに帰って来て!」  あゆらは志鬼の台詞の意味を理解したくなかった。  それなのに、わかってしまう。  いつから決めていたのだろう。自分のために、離れることを。  あゆらが夢のように幸せな時間に耽っている間、志鬼は笑顔の裏で、厳しい現実と向き合っていた。  電車が出る。  あゆらは追いかける。  どれだけ必死に走っても、届かない。 『アキは大家さんが引き取ってくれたから心配せんでもええわ』 「お願い、話を聞いて! 何も言わずに離れるなんてひどいわ! 私、ついて来いって言われればついて行くし、待てって言われたらずっと待つから……ねえ……なんとか言ってよ、志鬼!!」  あゆらなら、きっとこうして懸命に引き止めてくれると思っていた志鬼は、だからこそ何も言わなかった。  あゆらといたら決心が鈍る。  甘えるのは、血の滲む努力をした後の褒美として、いつか叶えばと切に願った。 『五年経っても、あゆらがまだ俺のこと……』 「何!? 電車の音でよく聞こえない!」  志鬼は、待っていてほしい、という言葉が喉まで出かかり、涙と一緒に飲み込んだ。  あゆらを縛ることになると思ったからだ。 『もう、一人で暗い道歩いたらあかんで』 「志鬼! 待って! 待——」  通信が途絶え、あゆらは丘の先端に立ち止まった。  肩で息をし、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、遠ざかる電車を眺めた。 「ずっと、一緒だって言ったじゃない……」  ススキの穂が銀から金へ、彩りを変える頃、あゆらの青春のすべてはあまりに鮮烈な記憶を残し去って行った。
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