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壱話
凍える寒さで目が覚めてカーテンを開ける。湿気で窓ガラスは曇り、手で窓ガラスを触ると氷のように冷たい。両手で両腕を擦りながら、身体を温め敷布団に除菌スプレーを噴射する。
「ばあちゃん、起こさないと」
ニットのセータを着てボア入りのズボンと暖かさ持続の靴下を履き、襖を開け吐く息白く弾ませながら、飴色の廊下を歩いてく。住宅兼店舗の木造二階建てぼくの寝室がある和室は、階段を上がり右側の部屋。左側にも部屋が二部屋あり、奥の部屋は仕事部屋になっている。
ギシギシと軋む床板を踏み鳴らしながら、階下で寝ている祖母を起こしに向かう。最近の祖母は足腰が悪くなって以前のように、出歩くことが少なくなって、ぼくが祖母の店を継ぐと口にした時のあの笑顔が浮かんでくる。
「ばあちゃん、おはよう。朝だよ」
襖を開けて和室の部屋の電気の紐を引っ張り、点灯させる。カーテンを開け外を見るとしんしんと雪が舞い落ちている。
「おはよう、豊。悪いねぇ、毎朝起こしてもらって、静香さんがいないからねぇ」
起き上がるのを手伝いながら、朝いちばん母の悪口を口にする祖母に反論したい気持ちをぐっと抑える。母は母なりの考えの人で、ぼくの体質に嫌悪感を抱いている。祖母はぼくの体質は父方譲りの家系だと喜んでいるけど・・・
「政樹が戻ってくれば、ちっとは良くなるんだろうけど」
父は祖母の店を引き継いで、仕事の最中に失踪した。特殊な仕事だから仕方がないんだと、祖母は悲しそうに呟いて。母は特殊な仕事を嫌い、関わり合いたくはないときっぱり断った。父が祖母の店を引き継ぐ話自体反対していたから、父が突然消えたことを、祖母のせいにしている。
※※※
【縁間堂】
店名が書かれた看板は、緑色の文字で固定されている。一文字一文字年季が入り錆びている部分が所々見えるが、お客さんが少ない日に父と二人、はしごをかけてペンキで上塗りしていた。
「さっむ・・・」
鼻を赤くして、店前に積もった雪を除雪していく。すれ違う高校制服を着た男女を羨ましく思いながら。中学卒業と同時に店を継ぐことを決めたぼく。両親は猛反対した。人付き合いがいいわけでも嫌なわけでもない。ただ、特殊な体質で困惑していた日々を思えば、祖母の店を継いで良かったと思うことにしている。
軒先にぶら下がっている鈴はいくつも連なって、等間隔に配置してある。祖母は鈴が鳴るとわかる。ぼくは、キーンと高い耳鳴りを感じて気づく。
チリンチリン
鈴が鳴る。今日はずいぶんと早い来客のようで、居間でドラマを見ていた祖母がテレビを消し、ゆっくりこちらに向かってくる。
「きみが店主かい?ずいぶんと若いね」
通勤途中の中年サラリーマンの男性、気さくに話しかけてくれるけど、目の下の隈が濃く疲れ切った顔をして、首を回している。
「おはようございます。孫の豊です」
祖母の細い視線が向けられ、深々と頭を下げて会釈をする。祖母は白髪の髪は肩のまでの長さで揃え緑色のカチューシャをして、前髪を上げている。
腰が曲がり小柄になった祖母。割烹着には招き猫が散りばめられて、緑色のタートルネックを着ている。
「お初にお目にかかります。わたくし縁間堂の店主、縁間サチと申します。孫の豊はまだ見習いの身でして」
八六歳の祖母には見えているのだろうか?男性の背にもたれ掛る女性の姿が。ぼくは視線を合わせまいと、ずっと俯いている。
「これ!!豊。お客様をちゃんと見なさい」
「え、で・・でも」
中年男性の背後にいる女性は、背中におぶられているように見える。
男性に向けられている念が強くぼくに伝わってくる。ふらふらするし、女性のねっとりした声がまとわりついて離れない。
〈たすけて〉
女性と視線が合うと、ぼくの思考は彼女の魂が乗り移ったように、彼女の記憶がどんどん流れていく。
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