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縁間堂のガラス戸に見える景色は夕暮れ模様。学校帰りの少女は、水色のランドセルを担ぎながら、足をぶらぶらさせている。
「お飲み物は如何なさいましょう?」
祖母が少女に向け優しい声音で聞くと、ツインテールを揺らしながら、少女は歯が抜けた笑顔を見せた。
「オレンジジュースでお願いします」
居間にはポットとお茶の葉、紅茶、珈琲、粉末タイプで溶ける甘い飲み物しか置いていない。ジュース関係は台所まで取りに戻らなければいけない。
ギシギシと飴色の廊下を音を鳴らしながら小走りで戻り、花柄のガラスコップにオレンジジュースを注ぐ。
「あたしは、駒井るい。九歳です!!塾帰りに気づいたら、ここに寄っていたんです!!」
縁間堂を訪ねるお客様は、揃って口にする言葉。何かに引き寄せられる感じがすると、ひょっとしたら二階の部屋に通じる世界と関係があるかもしれない。とぼくが勝手に思っている。
「駒井さんは何をお望みでしょう?」
「なんでもお願いが叶う所なんですか!!」
質問返しをしている駒井は、黒目が大きくまだ幼さが残るその顔立ちは整っていて可愛らしい少女。クラスにいたら目立つグループにいる活発的な子。ツインテールが揺れ動き、首を傾げ祖母の返事を待っている。
「駒井さん次第で結ぶ縁は変わります。困りごととかございませんか?」
大きく首を動かして両手を膝の上におくと、真剣な顔つきに変わる。少女の願い事は微笑ましくなる願い。
「お母さんとお付き合いしている男性との縁を結んでほしいです」
縁間堂で結ぶ縁が多い依頼は、恋愛に関すること。片思いしている相手と両想いになりたい、交際相手の素の姿を知りたいなど。
「その男性の名前はおわかりですか?」
祖母がこちらに視線を向けてきたので、居間の箪笥から紙のメモ帳とボールペンを取り出し、駒井に手渡す。笑顔で受け取るとボールペンを走らせていく。子供用スマホで撮っていた画像を見ながら、男性の氏名を書き終え祖母に手渡す。
【藤ヶ谷穣】
駒井は漢字の上にふりがなを書き読み方を教えてくれた。これだけでは足りないのだろうと思った駒井はスマホを操作し、何枚かの写真に写る男性を指し示して優しい視線をスマホに向ける。
「藤ヶ谷おじさんは、この人。カッコいいでしょう?」
藤ヶ谷穣は顔立ちが濃く筋肉質な体系をしている。角刈りの髪に極太眉、眉間に皺を寄せ、微笑を浮かべている。強面おじ様。
「藤ヶ谷さんの年齢はわかりますか?」
結ぶ相手の容姿や年齢、知りえる範囲を切り離したメモ帳に書き残していく。縁を無事結べる良き相手なら、細かな部分まで伝えなければならない。
「お母さんと同い年の三十三歳です」
ぼくが質問し駒井が答えてくれたことを書き記す時間が数分間続く。
「藤ヶ谷さんは、どんな声をしているのかわかりますか?高い声か、それとも低い声?」
「低い声です。藤ヶ谷おじさんがカッコいいからすれ違う人たちが囁いているんですよ」
藤ヶ谷が強面で写真に写る服装は、派手なスーツ姿。そちら側の人と思われることが多いだろう。駒井は両手を組んで目を瞑り上を向きながら、藤ヶ谷のことを教えてくれている。
「藤ヶ谷おじさんは悪い人じゃありません!!」
ぼくが藤ヶ谷のことを聞きすぎているから、目を開いた駒井は全否定した。嬉しそうに話していた駒井の表情が曇り、小さくなっていく。
「新しいお父さんになってほしい気持ちはあります。でも、三人で歩いていても変な風に見られるし、おまわりさんに声をかけられたこともあります」
スカートの裾をギュッと手繰り寄せ、掴むと祖母に視線を向け切実な思いを口にした。
「藤ヶ谷おじさんが悪い人じゃないってことを知ってほしいんです!!」
駒井の母親と藤ヶ谷を結ぶ、縁結びの依頼は、複雑な糸が絡み合っているように思えてならない。
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