弐話

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 四畳半の和室、部屋に入ると湿気臭いにおいが鼻につく。窓ガラスを開け、空気を入れ替えてくれる藤ヶ谷の気遣いに、恐縮しながら、玄関近くの壁際に正座になり座る。 「子供なんて来ないからさ。むさくるしい部屋で悪いなぼうず、じゃなかった縁間少年」  水道水をコップに注ぎ、手渡してくる。コップを受け取りながら、藤ヶ谷穣のことを観察するぼく。汚れが染みついた作業着を脱ぎ、半袖シャツ一枚に黒いネックウォーマー着て、黒いダウンジャケットを羽織る。ズボンは何度も履いているようなスエットズボン。  着替えていた姿を見てわかったことがある。汗で薄れたシャツから見えた背中には刺青が彫られていた。腕にも彫られている。 「あぁ、見ちまったか。足は洗ってるから安心・・・なんて出来ないよな?一度人の道を外しちまった奴が幸せを掴もうなんて無理な話だぜ」  気さくな笑顔が曇る。駒井るいの願い事が厄介な理由が、この一言に詰められていた。きっと、ぼくに話しかけてくれたみたいに根は優しい人なのかもしれない。彼の人生を知るには間世に連れて行かなければいけない。 「人の道を外れたというのは・・・」  良くないことが頭の中を過ぎる。経歴を汚してしまうほどのことをした彼。一生消えない十字架を背負っている。藤ヶ谷は低い声を出したまま話し続ける。幸せを掴もうとする娘をぼくはもう知っている。 「足を洗ったことを良く思わない連中がいるって、わかってるから言えないんだよ。あの母娘を危険に晒したくはない。だったら、離れていた方がいいんじゃねぇかって。不思議だな、初対面の少年にべらべら話して解決できないってわかってるのによ・・・」  ぼくの額に書かれているのは、見える人以外は見えぬ文字。ぼくを見ると話してしまうそんな術がかかっている。 「縁間堂なら、なんとかできます」  藤ヶ谷穣のことを短期間だが知り、ぼくのお節介な気持ちが湧き身を乗り出し提案していた。
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