弐話

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 縁間人とは、縁の間を引き受ける人。ぼくは父に代わり縁間堂を継いでから、行っている仕事の一つ。縁間人には、結ぶ糸が見える。その糸が縁間堂から、藤ヶ谷のアパートの部屋まで繋がっていたけれど。 「糸が薄れていく」  緑色の糸がはっきり見えていたのに、その糸が薄れていく。縁が切れる瞬間、その光景が見える。この依頼はなにもできぬまま終わってしまうのか? 「はぁぁ」  ため息が白く消えていく。曇天の空から雪がチラチラ降って、都会の空を白銀の景色へと変えていく。 「ため息をついたら幸せが逃げるじゃろ?」  縁間堂から祖母が出迎えに来てくれた。優しい声音のままぼくの肩をポンポンと叩き笑顔を見せた祖母を見たら、張り詰めていたものが切れた。 「ばあちゃん、ごめん、ぼく・・ぼく、お客さんを、い、依頼を・・・」  涙がアスファルトに落ちていく、情けないな。場数を踏めば慣れると父は言ってくれたけど、ぼくは父のようになれない。祖母のようにもなれない、未熟な見習い。 ※※※  数日後、駒井母娘が縁間堂へ来店。娘のるいが笑顔になりながら、初来店のことを夕食時に話し縁間堂のことを知る。 「ホームページがない、SNSのアカウントすらない。わかるのは、るいが持って帰ってきたチラシだけ」  るいの母親は縁間堂について書かれている紙を広げ、視線を上げる。細身で顔立ちがはっきりしているのは、母親に似ている。 「るいは、お金を支払ったのでしょうか?」  不安げな瞳が祖母に向けられ、祖母は目を細めて話す。ぼくはオレンジジュースの入った花柄のコップをるいに手渡し、母親には紅茶を手渡しに行く。会釈しながら受け取る母親は、祖母の話し相槌を打ちながら聞いていた。 「お話を伺っただけですよ。安心してください。わたくしどもはまだ何もしていません」  ホッと安堵する母親、胸に手を当て娘の頭を優しく撫でる。娘を優しい視線で見つめながら、苦笑する母親は胸につかえたものを吐き出すように、ゆっくりと話し出した。 「るいから聞いた時は嬉しい気持ちだったのですが、不安な気持ちが押し寄せてくるんです。藤ヶ谷さんは優しい方だって気づいているんですが、二人で出歩くとき視線を感じたりして・・・・藤ヶ谷さんの言葉を信じたいけれど、もし昔の悪友に目をつけられたりしたらと思うと、お互いその先が言えません」  るいの母親に紅茶を手渡した時、昼時に消えていた緑色の糸がわずかに光りを放ち母親の左手の薬指に結ばれていることに気づく。まだ、消えなかった縁によかったと心の中で呟いた。 「形なんてさまざまですよ。大切なのは貴女が藤ヶ谷さんと居てどう思うかです。気を許せる相手安らげる相手が、藤ヶ谷さんなのでしょう?」  祖母の言葉にはにかみ笑いを浮かべ、カップを傾け紅茶を飲むと祖母に向けて小さく頷き返す母親に、娘のるいはきゃきゃと笑い声を上げ、ぼくに近づきはしゃぎ出す。 「藤ヶ谷おじさんがお父さんになる!!!あたしの願い叶えてくれてありがとうございます」  嬉しくてたまらない様子のるいは、小さくジャンプをして喜びを表現しているのに対し母親の視線はまだ悲しいものを含んでいるように見える。 「るいちゃん、わたくしと遊んで下さらないかしら?」  祖母が手招きし、るいを居間へと通し、飴色の廊下を進んでいく。縁間人としてぼくの役目はまだ残されている。モヤついている気持ちを聞き出すこと。 「まだ、戸惑われている理由はなんでしょうか?」  居間の障子戸を閉め、机を挟んだ形で向かい合うぼくとるいの母親。母親の左手薬指の糸がだんだんはっきり見えだしてくる。もうそろそろ、藤ヶ谷穣もこの店に訪れることを示している。その前に母親の気持ちを整理しなければいけない。机の上にメモ帳と、右手にボールペンを持って尋ねる。 「藤ヶ谷穣さんのことはお嫌いですか?」
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