弐話

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 間世へと向かう前、ぼくと祖母も筆でお札に氏名を書き血が滲む指でなぞっていく。型代が、ぼくら四人に化けてくれる。 「るいちゃんは、わたくしの部屋で眠ってもらいました。子供には危ないところですから・・・わたくしたちの不在中、目が覚めても加奈子さんに化けた型代が見ていてくれますから」  祖母の説明を聞き安堵する加奈子の手を藤ヶ谷が強く握りしめる。祖母が先頭を歩き、加奈子、藤ヶ谷、ぼくと続いていく。 「けっして離れてはなりませんぞ!!」  間世へと続く扉の前で祖母は振り向き、みんなに伝えたあと、ドアノブを捻る。扉が風で開閉されていた時とは変わっている光景に、ぼくは息をのむ。 「行きますよ」  ぎいぃぃ、ばたん。  扉が勝手に閉まる音を背後に聞きながら、毎度毎度光景が変わる間世の世界に、ついつい視線が泳いでしまうのを抑えていた。 ※※※  真っ暗な世界、上空を見上げても飛行するあやかしはいない。ぼくらをじっと見つめている目玉が周囲を囲んでいる。鋭い視線に見られたまま先を進む。  ゴロゴロ、ドーーーーン!!  稲妻が走り近くに落ちたような地響きは、ぼくらの身体を揺らし、加奈子たちを不安に陥らせていた。 〈わたし、怖い〉 〈心配すんな!!いざとなったら、みんな俺が護ってやるよ〉  ぼくらを見つめているのは、鬼たち。地獄から間世へと見物に来たのだろう。きっとこの先に待っているのは、烏天狗ではなく、鬼たちの頂点に君臨する閻魔様だろう。 〈縁間少年、俺たちを見ているのが、鬼なのは俺が悪さをしていたからか?〉  藤ヶ谷はぼくに疑問をぶつけてきた。彼の言いたいことは、わかっている。間世といいながら、地獄へ連れていかれたのではと思っている。 〈誰だって、悪さはします。ぼくや祖母だって悪いことをしたことはありますから〉  悪さに大小はつけられない。生きていれば嫌なことに向き合ってどうしようもない苛立ちを何かにぶつけてしまうことがある。人に当たる人もいれば、物に頼る人もいる。 〈無理に慰めなくても・・・些細な悪さだろう。俺に比べれば・・・〉  その先は言えずに黙ってしまう藤ヶ谷。緑の太い紐をぎゅっと握りしめ過去を悔いているのだと悟る。 〈もっと、教えてくれないかな?藤ヶ谷さんのこと知らなすぎたのよ。わたし〉  明るい口調で加奈子が声をかけてきた。思いが紐を掴むと伝わるので、耳元で話しかけられた感覚になる。実際は、歩き進めていて誰一人口を開く人はいない。 〈受け止められるほどの強い気持ちでないと、気分を害するだろうし・・・・るいちゃんといるべき人ではないと思われるかもしれない〉  人の道を外れた人が幸せになってはいけない法律はない。ちゃんと過去と向き合い更正していれば、明るい未来を歩くことは許されているはず。けれど、現実はそんなに甘くはない。きっと、間世が地獄に似ている雰囲気なのは、彼らが共にいられる相手かどうか、確認しているのかもしれない。 〈・・・・・〉 〈はは、黙ってしまうよな?酷いことして人に恨まれることしかしてこなかったからさ。だから、駒井さん出逢ったときいてはならない場所だって気づいたさ。ありきたりな幸せを求めちゃいけないって〉  駒井の反応はぼくがはじめて藤ヶ谷と会い聞かされていたときの反応と似ている。どう返していいのかわからない。戸惑いながら、立ち止まり振り返ることは出来ないから進んでいく。  目の前に仁王立ちでぼくらを待っていた巨人は閻魔様で、ぼくらを高いところから見下ろし、片手に金棒を握りしめ地面が揺れるほどの波動が足から伝わる。 「ばあさん、今度は孫連れか?」  烏天狗の時のようなやり取りが繰り返されていた。
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