壱話

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 ぼくを心配そうに見つめる中年男性は、丸椅子に座り祖母に話しかけている。ずっと、甲高い耳鳴りは続いているけれど、居間のほうに向かうと少しだけ治まる。 「お茶とお茶菓子を持ってきておくれ」  祖母に言われ行動しているように見えるだろう、祖母と男性がいる空間だけ気が違う。祖母はぼくの変化に気づいて居間のほうに向かわせ、祖母が男性の話に耳を傾けている。 「お孫さん体調大丈夫なんですか?真っ青みたいだ」  男性の視線がぼくのほうに向けられた。祖母はいつものように、話を進めていく。男性の名前を聞き変わったことがないかを聞いていく。 「体質でして。さて、貴方のお名前と変わったことはありませんかね?」  ハンカチで額を拭っている男性は、苦しそうな声を出している。背後の女性の念が男性に強く向けられ悪影響を及ぼしている。 「南澤卓也(みなみざわたくや)です。変わったことですか?最近、交際相手と結婚したばかりなので、幸せなのですが・・・」   幸せそうな顔をしていると思えない南澤と背後にいる女性。祖母に湯飲みを渡し、祖母はお盆に乗せたお茶菓子の皿と湯飲みを両手に持つ。溢しやしないかと、ひやひやしていると南澤が祖母から湯飲みとお茶菓子の皿を受けとる。 「ありがとね」  南澤の笑顔はさわやかで、女性の思いを伝えるべきなのに伝えられない。 「おかしいねぇ、ここに来る人は訳アリのお客と決まっているんだけどね。南澤さん、随分と肩が凝っているようだね」  細い視線が傍らに正座しているぼくに向けれ祖母の意を読み取ったぼくは、居間に行き茶箪笥の小さな引き出しから、何枚か物を取り出す。 「南澤さん、しばらく自宅で休みなさいな」  南澤が渋い顔をする理由はわかっている。祖母が手に持っている物と言っている意味が理解できないからだ。 「なんなんですか?こんな紙渡されてもわかりませんよ」  南澤が丸椅子から立ち上がる。勢いよく立ち上がったものだから、丸椅子が後方に倒れコンクリート床に激しく音をたてて倒れた。前髪の生え際まで顔を赤くして、怒りを向けている。七三に分けられた髪の間から見える額に横しわを寄せて。 「縁を結ぶところじゃないのか!!」 「ええ、そうですよ。御縁を結ばせていただきます。その逆も当店では行っております。先にお話すれば、よかったねぇ」  割烹着のポケットから折り畳まれた紙を取り出す。縁間堂について書かれている紙は、ぼくがパソコンで作ったもの。 ※※※ 【縁間堂をご利用のお客様へ  当店におかれまして、以下の事を御守りください。店主及び見習いの判断にて、御縁を結ばせていただきます。御依頼の状況にて御縁を切ることがありますが、ご了承下さい。  御縁を結ぶ料金は以下のようになっております。  良き御縁:百拾五円也  悪縁切り:九万六千八百七拾円也  切離れの御料金ですのでご了承下さい】
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