参話

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 黒ねこ、ハルから伝わる飼い主の記憶。思い出を受け止めながら、居間に行きスケッチブックと鉛筆を取り出す。 「飼い主さんは御堂(みどう)まつえさん、今から描いてみせますね」  絵心はゼロに近いぼくだけど、思いを受け取り描く人物画は本人に限りなく似ていると言われている。 〈まつえお祖母さんを思い浮かべてみるよ。準備はいいかな?〉 ※※※  脳裏に浮かぶ御堂まつえは、元気で明るいお祖母さん。近所付き合いは良好。黒ねこ、ハルとの出会いから思い出されていく。 『ねこのたまり場みたいになって嫌ねぇ』 『この間もうちの近くを歩くねこがいたのよ。飼うのはいいけれど、ちゃんとしてほしいわ』  燃えるごみの日の井戸端会議でのこと、御堂が住む地区では、ねこが頻繁に出没するようになる。 『誰かが餌付けでもしてるんじゃないかしら?御堂さんはどう思っているの』  話を振られている御堂をじっと見ている黒ねこハル。ハルは飼いねこではなく、野良ねこだったよう。 『それは、いやだねぇ』  そうよねぇと合唱のように声が重なる主婦たち。御堂もねこ被害に遭った一人。 『あたしの畑、っていっても小さい畑なんだけど・・・ねこの通り道になっててね。いろいろと困るの。ネズミが出なくなったことは嬉しいんだけどね』  御堂は背筋が伸びシャキッとしている。六十五歳で定年を迎えるまでは、教員として教室に立っていた。一人暮らしの御堂の元に教え子たちが訪ねてきて、寂しさを感じないのだと、明るく話している姿は、野良ねこハルにとって眩しく感じられる存在。 『まつえさん、ねこでも飼ってたの』  いつものように教え子が御堂の家を訪問したとき、黒ねこハルのことが、御堂の耳に入る。御堂の家の前をうろつく一匹の黒ねこ。 『どうしたの?寂しいのかな』  御堂がしゃがみ黒ねこ、ハルにはなしかけている姿は小さな子供に話しかけている。そんな風に感じた。 〈ぼくは、いつも笑っているまつえお祖母さんが気になって毎日うろついていた。でも〉  思い出の間に黒ねこ、ハルの声が入り込む。ハルの声は弾んでいた声から、辛い出来事を思い出しているように、小さくなっていく。向き合って話す日々が続く、御堂と野良ねこのハル。 『どうしたんだい?傷だらけじゃないか』  雨が降っていて視界が悪くなる。野良ねこの世界は厳しい。餌を恵んでくれる日もあれば、なにも食べれない日が続く日もある。  一歩間違えねこのテリトリーに入ってしまったハルは、ねこ同士のケンカに破れて引っ掻き傷を顔に作って御堂の前に現れた。 『手当てしてあげるから』  御堂がハルを抱き抱えると、顔が近くなりはっきりとした顔が黄金色の瞳に映る。髪はパーマがかかっているようにうねりがある。目は小豆のように小さくて黒目が大きく、団子鼻、下唇の下にほくろがある。 ※※※  ハルの思い出が一旦途切れ、ぼくは目を開けて黄金色の瞳に描いた御堂の似顔絵を見せた。 「これであってますか?」 〈よくできているよ〉  出会った頃の優しく笑う御堂の似顔絵がスケッチブックに描かれていた。
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