壱話

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 南澤佐由美の思いが流れ込んだのは、まだ祖母が南澤と軽い世間話を交わしていた時から。彼女の思いを汲み取りながら、1つまた1つと南澤夫婦しか知りえない思い出を話していく。 ※※※  南澤と佐由美は、恋愛アプリで知り合う。アプリ内では実名は語らず、好きな人物や植物で名乗りあっていた。南澤卓也は、アニメの人物の愛称たつ。佐由美は向日葵として、アプリ内でのメッセージのやりとりを交わしていく。 「佐由美さんは夏生まれ、細身で明るい性格、茶色のボブで眉は毎回ペンシルで茶色い眉にしています。奥二重がコンプレックスで、メイク道具でくっきり二重を作っている」  ぼくが話しているのは、二人がアプリ内で出会う前の彼女の容姿。実際、話が合い親しくなった二人が出会ったときも佐由美はくっきり二重で茶色いボブヘアー。向日葵があしらわれたワンピースと、麦わら帽子、マリンカラーのハンドバックを手に持っていた。 「ぼくは、見える人ですが、佐由美さんの南澤さんに向けられた念は、とても悲しい念です。南澤さんを働きづめにした原因は自分にあると伝えてきました」  南澤さんが佐由美さんと夫婦になって数日後、佐由美さんは突然、病魔に襲われ倒れてしまう。南澤さんが、倒れた佐由美さんを見つけたのは、夕暮れ時刻。発見が遅れたため、今も佐由美さんは病院のベットにチューブを繋がれたまま寝ている状態が続いている。 「南澤さんのことが気がかりの佐由美さんは、幽体離脱した状態にいます。実体と離れ続けるのは、よくありません。佐由美さんが無事、実態に戻るには南澤さんが休息するしかありません」  話し終えたぼくは、南澤さんに視線を向けた。話し終えても縁間堂のガラス戸が途中で開かれることはなかったが・・・ 「簡単に言うけどね。それは出来ないんだよ!!」  南澤さんの本心が店内中に響いて、背後にいる佐由美さんは悲しそうに俯いている。その魂の色が白色から水色に変わる。魂の色は感情を示している。    怒りは赤色、悲しみは水色、喜びは黄色。  魂の色が白色から段々と黒くなっていく。黒色は魂が実体から離れてしまう危険な色を示す。 「渡したじゃありませんか。南澤さんのコートのポケットに入れられた紙を御使いなさい。貴方の代わりになって動いてくれる型代(かたしろ)ですから・・・南澤さんはわたくしたちと一緒に行ってもらわなければならないところがあります」  祖母が息をふぅっと吐くと、南澤のポケットの紙が飛び出し人型に変わり、南澤卓也そのものと化した。呆気にとられる南澤に近づいていき、再度聞く。 「南澤さんどうされますか。お帰りになりますか?それともぼくらについてきてくれますか?」  お客様に決めてもらうのはこの二択のみ。良き縁か悪縁かは、最終的に事が終わってから決まる。 「もし、帰ったら」  南澤さんがここで縁間堂から去っていけば、佐由美さんの命が危険に晒され、かたしらを拒否すれば南澤自身にも悪縁が引き寄せられる。 「・・・・・・」  ぼくが何も言わないことが答えになったようで、強い返事がぼくの耳に伝わってきた。南澤の視線は使命を果たそうとする、強い意志が宿っている。
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