19人が本棚に入れています
本棚に追加
弐話
縁間堂の噂は様々で、良縁を結ばせていただいたお客様には、良き書き込みが。悪縁を祓ったお客様からは、良き書き込みと悪き書き込みが半々。
「ばあちゃん、南澤さん夫婦から」
お客様からは手紙が届くことが度々ある。手紙を広げて、視線を左右に動かしている祖母がぼくに手紙を差し出して。
「豊、読んでくれないかねぇ」
間世に行き来する回数が増してから、祖母の身体に変化が見られるようになっていた。祖母は歳だからと誤魔化しているけど、きっと他にも理由があるはず。
※※※
【縁間サチ様、縁間豊様
お元気でお過ごしでしょうか?サチさんが仰っていた通り、悪縁を祓ってもらったからと言って、幸先がいいとは限らない。わたしの病状は改善していますが、完治とまではいきませんでした。病気とは友に過ごしていく仲になるでしょう。ですが、縁間堂を訪ねた主人は変わりました。以前よりも笑うようになり、悩み事をわたしに相談してくれるほど、夫婦仲は以前より強くなった気がします。これは縁間堂で悪縁を祓ったおかげだと思っています。これからは、二人手を取り合って、未来を進んでいきたいと思います。このたびはありがとうございました】
南澤夫婦の笑顔の写真が同封されていた。南澤卓也は、七三分けの髪型を変え、短髪で日焼けした顔に泥をつけ、お揃いの作業服姿で笑っている。背後には家庭菜園らしき畑が見える。
「縁間サチさん、お届け物です」
配達員がガラス戸を開け、段ボールを抱えて居間に近づいてくる。宛名は南澤卓也。品名は野菜。
段ボールを開けると、泥がついた野菜が詰め込まれている。南澤の手紙が添えられていて、署名した時よりも力がある文字で書かれている。
【妻がお世話になりました。ぼくからささやかなお礼の品を送らせていただきます。何故だか、不思議な夢を見ていて・・・その夢の後、僕は変われたような気がします。縁間堂の記憶はありませんが、店名を聞くだけで懐かしくな変な感覚ですが】
完全に記憶を忘れる人、関連する言葉を聞くと曖昧ながらも感情が湧く人がいる。南澤は後者の人だった。縁間堂を本格的に手伝うようになった初仕事が幸せに満ちた二人で良かった。
段ボールを抱え台所へと向かう、台所にいた母はテレワーク会議中で、パソコン画面に映らぬよう気をつけて歩く。台所の床に段ボールを置き、野菜についた泥を冷水で洗い流す。冷たい水はすぐに、指先の色を変えて赤くなっていく。手のひらの傷は、一晩経つと自然と治っている。
「お祖母さんのお手伝いなんてやめて、受験勉強しなさいよ」
テレワーク会議を終えた母が、ぼくの背中越しから強い口調で諭してきた。霊的存在を信じず、縁間堂の方針自体猛反対している母は、高校を受験させようとしている。ぼくの体質を心配してくれたのは、小学校の時だけで中学になりますます見えるようになると、あからさまにぼくを避けている母。
「ぼくが決めた人生なんだ。ぼくの体質が役に立つ仕事なんて、縁間堂しかない。母さんだってわかってるんじゃないの?」
つい口調が歯向かいがちになるのは、母にあやかしが見える体質を認めてもらいたいのと、母の意見に揺らいでいる。中途半端な気持ちが残っているから。心配している気持ちはわかる。父が行方不明になってから、ぼくに向けられる過保護さが増した。
「お父さんが戻れば、豊が継ぐことないんじゃないの?」
椅子を引いた音がする。スリッパを脱ぎ、ギシギシと廊下を歩き、玄関から出て行く母。家に帰ってくるのは、指折り数えるほどで数時間で去っていく。平日は縁間堂近くのアパートを借り住んでいる。嫁姑問題が我が家でも起きているらしく、孫のぼくは間に挟まれ振り回されている日々。
ガラガラ
縁間堂のガラス戸が開けられる音が、台所まで伝わる。耳鳴りや軒先にぶら下げている鈴が鳴らないから、訪ねてきたのは人間のよう。
最初のコメントを投稿しよう!