第二章『囚人たち』

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「そういうお前は…進藤(しんどう)か!」 「おっ、よくわかったな。久し振りだなー、右代」  進藤篤紀(あつき)。  中学の時の同級生で、二年の頃同じクラスになったときクラスで一番よく話していたやつかもしれない。  とはいっても、特別仲がいいというわけではない。  こいつは誰とでも話すようなやつで、俺は周りと話さないやつだった。それだけだ。  それでも、予期せぬ再会であることには違いないわけで。 「っ、丁度いい。おい、進藤!お前、携帯持ってねーか?」 「携帯?あちゃ、俺なんも持ってねーんだけど……やっぱり右代もか?」 「……も?」  どこか歯切れの悪い進藤。  その真意を聞くよりも先に、進藤が音楽室へと入って行く。 「あれ、(あさひ)だよな。……やっぱりお前らもか」  そして、横たわる陽太に顔を顰めた進藤。  その表情は明らかに普通ではない元同級生に対しての驚きでも困惑でもなく、露骨なまでの諦めの色に流石の俺も違和感を覚えずにはいられなかった。 「おい、さっきからなんだよ、その言い方。お前、もしかして何か知ってんのか?」 「なにかっつーか…実は俺達も調べてる途中だからなんとも言えねーんだよなぁ……」 「調べてる?」 「お前も見たんじゃねーの?塞がれた窓」 「あ、あぁ……」 「どこも外に繋がる場所があれになっててさ、とりあえず出口探索中ってわけ」  そう溜息を吐く進藤。  言い方や態度そのものは軽いが、その顔には疲労感がありありと滲んでいて。  ……って、ちょっと待て。ってことは、外に出られないってことか?  今にも死にそうな陽太の前。突き付けられたその事実に頭部を殴ったようなショックを受ける。 「待てよ、どうすんだよ、こいつ死にかけてんだけど!」 「っおいおい、俺に言うなよ。こっちだって色々大変だったんだからさ」  そう肩を竦める進藤。  そのシャツの襟が所々赤黒い染みを作っているのを見て、俺は嫌は想像をしてしまう。 「取り敢えず……そうだな、旭が生きてるんならどうにかしないとな。ちょっと待ってろ、他の奴ら呼んでくるから」 「他の奴らって……」  まさか、自分たち以外にも似たような状況に追い込められた人間がいるということか。  自分以外の人間の存在に酷く安堵する反面、ただ事ではない状況に目眩を覚えた。  暫くもしない内に進藤は戻ってきた。背後には、見たくない顔を連れて。 「驚いたな…まさか右代君と旭君までここにいるなんて」  俺の姿を見るなり眉を潜めた同じ制服の男はよく校内ですれ違っているのですぐにわかった。 「……」  こんなところに来てまで周子の顔を見なければならないと思うと気が滅入りそうだった。 「なんだ、無視か。まあ、君らしいっちゃ君らしいけど」 「……うるせえな、なんでテメェがここにいるんだよ、周子」 「そうだね。別に答えて上げてもいいけど、それよりも彼の方からした方がいいんだろ?」  そう言って、俺の横を通り抜け、横たわる陽太の元へ向かう周子(かねこ)。  周子とは昔から馬が合わなかった。正義感が強く、何かしら俺に突っかかって来ては噛み付いてくる。  流石に高校生になってからはかなり大人しくなった方だろうが、それでも見下すような不快極まりなくて。  あいつも、俺のことが気に入らないのだろう。それが分かるからこそ、余計腹が立つ。 「うわぁ、酷いね。これ。……折れてはないみたいだけど、この内出血……それに口からも血が出るということは……どこか傷付いてるみたいだね」 「……」 「なあ、周子、大丈夫そうか?」 「どうだろ。……臓器が破れていなけりゃいいけど、僕はこっちの方が心配だな」  そう言って、周子は陽太の腕を掴む。  数本の指が欠け、歪な形の右手は真っ赤に染まり、今でも尚血を垂らしている。 「出血が多い。早く止血しないと危ないよ」 「んなの分かってんだよ!さっさとどうにかしろ!」  危ないことなんて見たすぐ分かってる。  御託ばっか並べては陽太の体を弄ってる周子に苛ついて声を荒らげれば、こちらを睨むように振り返った周子は「ん」とこちらに掌を向けてきた。 「は?なんだよ」 「タバコ。持ってるんでしょ?出してよ」  醒めた目。昔と変わらない決めつけたようなその口調に、頭の血管のどっかがブチ切れそうになるのが自分でもわかった。  昔からだ。なにか揉め事が起きると俺のせいだと決めつける。  確かに俺が関わっていることも多々あったかもしれないが、だけど、実際は相手から吹っかけられて被害者であることも多かった。  それなのにこいつはどうせ俺のせいだとすでに決め付けていて、そんなところがムカついた。ああ、ムカつく。  だからこいつの顔は見たくなかったんだ。 「大体、俺タバコ吸ってねえし」 「この前校舎裏で吸っていただろう」 「ちげえよ!あれはただ落ちてただけだ!」 「はあ?何それ。きみは落ちてた吸い殻を拾う趣味でもあると言うのか」 「……ッ」  あいいえばこういう。  実際はいつもサボるときに使っている校舎裏がきたねえから掃除してただけだが、こいつを、前にすると素直に話す気にもなれなくて。  啀み合う俺達に、慌てて進藤は仲裁に入る。 「おい、二人とも落ち着けって。なあ、周子、タバコをどうする気なんだ?」 「止血に使うんだ。ああ、別に火元になるならなんでもいいよ」 「なら俺の貸すよ。多分湿気てねーから大丈夫だと思うけど!」  そう言うなり、学ランのポケットからタバコケースとライターを取り出す進藤。  その満面の笑みに、周子は静止する。 「……進藤君……」 「おい、言うのは後で好きなだけ言えばいいだろ。早く止血しろ」 「そんなこと、君に言われなくても分かってるよ」  結局、周子は進藤からライターだけ受け取った。 「っ、ぁ、ぐァ……ッ!」 「ごめんね、旭君。……少しだけ、少しの辛抱だから」  音楽室に広がる肉の焼ける匂い。  陽太の指の断面部をライターで炙る周子の手付きはどこか手馴れていて。  俺も進藤も、その様子を無言で見ていた。  なくなった陽太の切り離された指先を探す気にもなれなかった。 「あとは安静にしとけば直に目を覚ますよ。……そう思いたいけどね」 「テメェ、これで陽太が目が覚めなかったらわかってんだろうな」 「わかったらもなにも、僕は僕に出来ることをしたまでだよ。それを言うなら右代君、旭君のこの大怪我は君の方が関係あるんじゃないのか」 「おい、周子、それはお互い様だろ」  見兼ねた進藤の指摘に、周子は自分の失言にハッとする。 「……そうだな。今のは言い過ぎた。謝るよ」 「ということだ、右代。お前も言いたい事あるだろうけど、我慢してくれ。今は一人でも仲間が欲しいんだよ」  そう言う進藤に、俺はさっき肝心なことを聞きそびれていたのを思い出す。 「さっきからそれ言ってっけど、どういうことだよ。つーか、お前ら、なんでこんなとこにいるんだよ」 「んー、そうだよなぁ。気になるよなぁ。俺も何から話せばいいのやら」 「ここは、僕から説明させてもらうよ」 「まあ、大体は君の思っている通りだと思うけどね」と口元を緩める周子は、静かに自分の目が覚めたときの状況を語り始めた。 「今日……というか、日付が変わってるかどうかもわかんないんだけど、委員会終わって帰ってたらいきなり襲われてさ。雨も酷かったし顔は見れなかったけど、間違いなく男だろうね」 「なんでそう言い切れんだよ」 「頭を殴られたんだよ、僕は。さっき進藤君にも見てもらったけれど、ここをね」 「こんなところ思いっきり殴るなんて真似、ある程度の身長と力がないと無理なはずだ」と続ける周子。  それは決め付けではないか、と思ったが、検討もつかない犯人像のことを話し合ったって仕方がない。 「それで?」 「目が覚めたら僕、いや、僕達は男子便所にいたよ。……ああ、思い出しただけで吐きそうだ」 「だ、男子便所……」  青褪める周子。  俺が便所の床で目を覚ましたなら恐らく全身蕁麻疹が出ていたところだろう。  そう考えれば、音楽室がましとも思えたが、ピアノに喰われたのだから一概にもそう言えない。 「……って、ちょっと待てよ。達ってことは……」 「……そうだね。枚田(ひらた)君、知ってるだろう」 「枚田?」 「ほら、あいつだよ。中学のとき、すっげー足早かった」  言われて、ようやく思い出す。  ああ、そんなやつ、いたようないなかったような。 「彼も一緒だったんだけど、死んだよ」  ――死んだ?  こいつ、死んだって言ったか、今。
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