第二章『囚人たち』

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 苦虫を噛み潰したような表情で、周子が語った言葉は衝撃的なもので。  男子便所も音楽室同様、外へと繋がる部分は全て塞がれていたという。  そして、男子便所すらも。  鍵を探せという指示に従い、次々と吹っ掛けられる難題を枚田とともに協力して解いていったという周子だったが……。 「……」 「……」 「……」  押し黙る周子。そして俺達も何も言わなかった。  どうやら、他の部屋でも音楽室と同じようなことが行われていたというのだろう。  俄信じられないが、それでも、自分たちの身に起きていたことが夢でもなんでもないだけにそれも事実なのだろう。 「そういや、進藤、お前はどうだったんだよ」 「あ?俺?俺は……そうだな、大体はお前らと一緒だよ。ま、俺の場合は一人で更衣室のロッカーに詰め込まれてたわけだけどな」 「ロッカーっ?というか、一人で?」 「ああ、大変だったぜー。手首使えないわ火付けられそうになるわ」  笑う進藤には相変わらず緊張感は存在しない。 「火もか?」と驚く周子を他所に、俺は進藤の制服に目を付けた。  比較的汚れも傷もない進藤の学ランなだけに、先程見たシャツの血痕が妙に引っかかって。 「でも、よく脱出できたな」 「なに、足は塞がれてなかったしな。それに、縄くらいなら焼けばどうにでもなるだろ?」 「まさか、焼いたのか?」 「ああ、まだちょっと痛いけどな」  そう言って、制服の袖を捲る進藤。  まだ痛々しい火傷痕が残った手首に、周子は「うわっ」と眉を寄せる。 「酷いな……冷やさなくて大丈夫かい?」 「んー、ま、その内な。見た目よりそんな痛くねえから大丈夫だし」 「なあ、進藤」 「ん?どうした、右代」 「お前、本当に一人だったのか?」 「一人って……当たり前だろ。そう言ったじゃねえか」 「そうじゃねえよ、例えば見落としてたりしてないのか?お前はロッカーに入ってたんだろ?」 「んー、まあ、そうだな」 「なら、もう一人どこかに閉じ込められたままになっている可能性はないのか」 「ないな」 「だったら……」 「つーかさ、いきなりどうしたんだよ、右代。一応俺は更衣室調べた時にはなんにもなかった。それともなんだ?俺が嘘ついてるとでも言うのかよ」  露骨に気を悪くしたらしい進藤は責めるような口調でこちらを睨む。  こんな状況で、疑うなと言う方が難しい話だが、やっぱり俺も周子も二人一組だっただけにそっちを疑うのは普通ではないのだろうか。 「右代君、君が気になるのは無理もない。僕も気になってはいたけど、どちらにせよ今となっては無駄な話だ」 「無駄だと?」 「更衣室がどうなってるのか見てないのだろう。進藤君、そこもちゃんと話しておくべきじゃないのかな」 「ああ、そうだな。……ま、ロッカーから出たのは良いんだけどよ、その火が他に燃え移ってな」 「僕が見に行ったときは一応スプリンクラーが作動していたみたいだけど、全て真っ黒。火に弱い素材ばっかりだったんだろうね。見事、焼失していたよ」 「焼失だって?」 「気になるなら、後で自分の目で確認してみるといいさ」 「言っとくけど嘘じゃねえからな。ま、信じてくれねーならそれでもいいけど」  拗ねたように唇を尖らせる進藤。  信じたくても、そのシャツの血痕が気になってしかたながないのだからどうしようもない。  もう少し突っ込んでみることも出来たが、そんな思考は横たわっていた陽太の呻き声によってどっかに言った。 「陽太?」 「……ただの寝返りみたいだ。まだ眠っているようだけど、さっきよりかは顔色マシになったみたいだね」 「……」 「それで、さっきの話の続きじゃないんだけどね。右代君。僕達は君達と同じように閉じ込められている人間がいないか探しているんだよ」 「更衣室から出た時、血塗れの周子と会ったときは心臓が止まるかと思ったよ」 「そうだね、僕もだよ。そして、君達も」 「他にってことは、まだ他に閉じ込められてるやつがいるってことか?」 「恐らくね。まだこの階を見て回ってる途中なんだけど、いくつか鍵が掛かって開かない扉があるんだ」 「そこに、誰かが居る……ってことかよ」  出口もない。そして、校内のあらゆる場所に取り付けられた仕掛け。人為的なもの以外、あり得ない。  そして、俺、陽太、進藤、周子、枚田。全員の共通点からして、恐らく、その閉じ込められているという人間も俺たちの知り合いである可能性は高い。  だとしたら、ますますここに閉じ込められる理由がわからなくなるわけで。 「なあ、やっぱりこれって、誰かの仕業になるんだよな」  不意に、進藤は呟いた。 「まあ、あんな小細工までしてるんだ。誰かが企んでいる以外にない」 「だとしたら、誰が?」 「誰って、俺達に恨みをもってる糞野郎だろ」  そう俺が口を開いた時、音楽室内がしんと静まりかえった。  二人とも認めたくなかったのだろう。  俯く進藤。 「まあ、でも、それ以外考えられないよな」 「誰かが故意に僕達を閉じ込めて、殺そうとしてる。その事実自体、認めたくはないんだろうけどね。……恐らく、個人ではない。組織ぐるみで間違いないだろう」 「それ以外考えられるか」  廃校とはいえど、窓を塞ぐにしろここまで作り変えたり細工を作るなら相当の金がかかるはずだ。  無断ではまず出来ない。  ここに連絡手段があれば、家に電話してこの廃校の所有権を有している人間を問い詰めさせるのだが、生憎今この状況では不可能だ。 「でも、金持ち代表の右代までいるんだしなぁ。よく考えてみたら、それってやばくね?」 「そうだね。僕のところは両親ともに旅行中だからともかく、君のところのご両親は間違いなく心配してるんじゃないのか?」  やはり険のある言い方だが、確かに、周子の言葉には一理ある。  俺が帰ってないことを心配した両親たちが警察に届けを出すことは間違いないだろう。  昔から、少しでも俺の姿が見えなくなると慌てふためいた執事たちが走り回っていた。それがおかしくて、嬉しくて、わざと隠れた時もある。  だから、今回もきっと執事たちが必死こいて俺の捜索をしてるはずだ。  そう考えると、先程まで塞ぎ込んでいた気分が幾分かましになる。 「そうだよな、誰かきっと探してくれるはずだ!警察が動いたんならすぐに見付けてくれるはずだろ!」  すっかり気分が盛り上がった進藤は目を輝かせる。  だけど、対する周子はあくまでも慎重で。 「確かに、そうなればいいけど。問題は、この場所に気付くまでどれくらい掛かるかじゃないか?」 「そんなの、ほら、今GPSとかで……」  言いかけて、進藤はハッとする。  俺達は目を覚ました時点で何も持っていなかった。  つまり、襲われた時点で携帯も破壊されてる可能性があるわけだ。 「それに、もう二人とも気付いてるんじゃないのか、ここがどこかなんて」 「……」 「……並榎田(なみえだ)第一中学校」 「そう、僕達が通っていた母校だ」  俺達の中学は、全寮制だった。  生徒数は多いというわけではないが、問題はその学校がある場所だ。 「ってことは、島の上ってことだよな……」  都心から離れた離島。  そこに、並榎田中は存在していた。 「いくら島だからって、大丈夫だって!すぐ……見つけてくれるよな?」  不安そうにする進藤。  何も答えない周子が何を言わんとしているかはわかった。 「……食糧か」  そう俺が呟けば、周子は小さく頷いた。 「そうだね。まず、今日明日で特定されるのならそれが一番だけど、そうじゃなかった時のことを考えた方がいいだろうね」 「それって、何日もここに閉じ込められるってことかよ!?冗談じゃねえ、俺、明日デートの約束してんのに!」 「デートの心配してる場合か!」  アホの進藤と話していると頭が痛くなってくる。 「うう、ミホごめん」とか唸ってる進藤を無視し、俺は周子を見た。 「お前ら探索してたんだろ。なんか、食糧になるようなものはあったのか?」 「残念ながら見つかってないね」 「それなら、餓死する前にここの出口を探す方が先というわけか」 「だろうね。救護を待っていたら僕達か先に死んでしまうかもしれないし」  そう言って、陽太に目を向ける周子。  飯が食えないなんて冗談じゃない。その上餓死なんて。  嫌な沈黙が流れた。そんな時だった。  雨の音に混ざって、開いた扉から大きな轟音が響いた。  それはなにか爆発したような音で。
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