闇の名残

2/4

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
事件の被害者の家族とのことで、病院内にはすんなり入ることが出来た。 惺は何度か病院に来たことがあった。 祖父母の見舞い、そして凪の見舞いにもだ。 一応、惺も両親と共に担当医師から凪の状態について話を聞いた。 凪は緊急手術で何とか一命を取り留めてはいるが、器械で命を繋いでいる状態らしく余談は許さない、とのことだった。 「それって、生きてるの?」 医師との話の後、放心状態の母親に惺は声を掛けた。 「生きてるに決まってるでしょ⁉心臓が動いてる限り死にはしないわよ……」 病院のロビー。そのソファに座り俯き、(こぶし)を震わせながら母親は惺に返答した。 「ふーん」 「なに?こっちは気が狂いそうなほど心配なのに、惺は……どうかしてる」 少しばかり母親は顔を上げると惺を睨みつけた。 「お前は動じなさ過ぎなんだ。……前もそうだったな、凪を骨折させた時」 すると、ふたりの会話を聞いていた父親が口を挟んできた。 惺は凪を骨折させたことがある。中学生時代だ。怒りに任せ、殴りに殴った結果、凪は骨折してしまったのである。ただの喧嘩にしてはあまりに盛大にやってしまったと当時少しだけ悔いた。 「そう?あれは単に凪が弱かっただけだと思うけど。大体凪はいつもそう。自分が強いと思い込んでる。自信過剰なんだよ。もっと現実見た方が良い」 「……こんな時に凪の昔の話しないで。やめて」 震える母親を見かねた父親が何も言わず抱き締める。 その姿を見た惺は「くだらない」と、傍を離れた。 ただどこに行くわけでもなく、ロビーを眺める。 「そういやあいつ……」 『明日、理加(りか)と久々のデートだから』 そう言っていた。 理加、というのは凪の1歳上の彼女で今は大学院に通っていると言っていた。 自分から見ると、凪には勿体ないほどの美人で、そんな彼女を自慢げに話す凪にはもっと嫌悪を抱いていた。 「理加さんどうなったんだろ……。一緒にいたはずだよな」 少しばかり凪のことを思い浮かべて、惺は肩を震わした。 「理加さんが死んだら、あいつどうなるかなぁ」 惺はこの場に不謹慎なほどの(わら)いを浮かべた。 ……惺は、昔から兄の凪が大嫌いだった。 理由は分からない。嫌悪を確実に抱いたと覚えているのは幼稚園時代だ。 何度も何度も凪に反抗し、喧嘩をした。 それが原点だろう。 『兄弟』と言われることを、惺は嫌った。兄だと思いたくもなかった。それ故に『兄』と呼ばず『凪』とずっと呼んできた。 ふたりの仲は面と向かって『嫌い』だと言わなくても雰囲気で伝わるほど、常に険悪だったのだ。 そしてずっとその状態だったからか、両親はふたりが喧嘩をしても何も言わなかった。いや、黙認しているようだった。 『お前は、人を踏み台にすることしか出来ない。そんなお前の何が強い。弱いから……俺に勝てないから、傷つけることしか、出来ないんだろ?』 惺はそう何度も、凪に言ってきた。 そうでなければ凪は、いつか壊れるだろうという確信めいたものが惺にはあった。 それが、ある意味現実になったのだ。 通り魔事件であっても、凪が巻き込まれたことは弱さが招いた結果に過ぎない。人には『運命』という逃れられない心がある。弱さは他人にも共有され、その弱さが引き金となったに違いないのだ。 ……惺は、そう解釈した。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加