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20xx年5月。
新緑が陽に照らされ反射し、その陽が暑さを持つ頃。
横浜みなとみらい。
この日はゴールデンウィーク中だからか、人が大勢行き交い賑わいを見せていた。
……しかし、賑わいはただの賑わいではなかった。
どこからともなく悲鳴と駆ける音が響き、泣き叫ぶ声とサイレンが交差している。
周囲は、血で溢れていた。
どこまでも続く血の跡。コンクリートにはいくつもの血の付いた刃物が落ち、異臭を放っていた。
かの、横浜みなとみらい通り魔事件である。
どこから犯行が始まったのか、それは定かではない。
急に男性が目の前で倒れたかと思うと、周囲は血で溢れ、さらに近くにいた男性の頸から血飛沫が舞うように飛び散り、各々の悲鳴で、周囲がこの場を『異常』だと認知したのだった。
凄惨な──そう、この言葉である意味片付けられてしまう通り魔事件。しかしそれはその時だけ使われる言葉であって、その後にある本当の凄惨な日常を知る由もないのだ。
「兄貴が巻き込まれたって、どういうこと?」
東京・渋谷。
都内の高校に通う2年生菊池惺は、友人との遊びの最中、母親から掛かって来た電話に立ち尽くしていた。
『凪が刺されて、その……病院に運ばれたの。今からお母さんもお父さんも行くの!』
「い、意味分かんない。何で刺されるの?」
『そんなこと知らないわよ!惺も早く来なさい!』
母は病院名を告げると、そのまま電話を切った。
「何だよ……刺されたって」
惺は同じことを何度も繰り返していた。当然だ、横浜みなとみらいで起こった通り魔事件は渋谷のスクランブル交差点全ての大型ビジョンに速報として流れていたくらいだったのだから。
「おい、惺。どうかしたか?」
惺が立ち尽くしているのを不思議がった友人が声を掛けて来た。
「なんかさ、兄貴があの通り魔事件に巻き込まれたらしくて病院に行ったって母さんから連絡あってさ」
「え、それヤバいんじゃないの?」
「んーまぁ、だから俺も行かなくちゃいけなくて」
惺が溜息を吐くと、友人が嗤って話し掛ける。
「惺って、お兄さんのこと嫌いじゃなかったっけ?」
「え?」
「ほら、兄貴とよく喧嘩した―とか嫌いとか言ってたじゃん」
「ああ……そうだけど。それとこれとは別かな」
惺は飲みかけのタピオカを吸おうとする。
「けどさ、もし嫌いな奴がいなくなったら……どうよ」
その問いかけに、惺の動作が止まる。
「何それ」
惺は敵意の視線を友人に向ける。
「俺の質問に答えて欲しいね」
「嫌いだけど、一応家族だし……いなくなったらいなくなったで家族が壊れるかもね」
「ふーん。お前、何にも気持ち籠ってないな」
「うるさい。……言いたいことはそれだけ?」
「それだけ。じゃあ、報告待ってる」
友人はほくそ笑むと手をひらひらと上げて、先に去って行った。
「はぁ……。面倒だな」
空に向かって溜息を吐くと、惺は駅に向かって歩き始めたのだった。
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