三、

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「お前達にさ、証人になってほしいんだ」  健司先輩はそう言ってポケットから小さく折り畳まれた紙を取り出した。受け取って開いてみれば。 「え……」 「はっ?」  一緒に覗き込む慧からも、らしからぬ間抜けな声が漏れる。  最も目立つ所にあるのは二人の名前。 【夫となる人】 【原田健司】 【妻となる人】 【堂上亜実】  入学から今まで何度となく見てきたんだから間違えようがない。正しく二人の字だ。  二人の署名の下には生年月日があり、住所があり、本籍があり。そして紙の一番上には『婚姻届』の文字。  勢いよく振り返ると、ふわりと微笑む亜実先輩と目が合った。 「これって……」 「うん」 「おめでとうございますっ」    亜実先輩と健司先輩が結婚する。脳がその事実を理解すると、自然に視界がぼやけた。  亜実先輩は優しくて、そこに亜実先輩がいるだけで安心できた。読書が好きで、談話室の定位置で本を読んでいる事が多かったけど、後輩が少しでも困っていたらすぐに本を閉じて助けてくれた。  健司先輩はいるだけでその場が明るくなった。ふざけて見せる事も多いけど、責任感が強い事は先端技術科の誰もが知っている。いつも周りを見てくれて、落ち込んでいる寮生がいたらすぐに声をかけてくれる。たくさんデートという名のお出かけにも連れて行ってもらった。  そんな大好きな二人が結婚する。  色々な事があった。  二人がランク落ちした時は、二人が寮からいなくなってしまったらと思うと怖くて仕方がなかった。  二人のランクが戻った時には、二人が裏でどれだけ努力したか見ていたからすごく安心した。  健司先輩から想いを聞いた時は驚いた。  ハロウィンパーティーに二人が一緒に来た時には本当に嬉しかった。  それから、亜実先輩が目の前で脱落者になって。あの時の事は今でも思い出したくない。亜実先輩を一人で行かせてしまった。何でジュエルを持ち歩いていなかったのか、後悔しない日はなかった。その後の健司先輩は見ていられなかった。  亜実先輩が戻って来た時には心の底から嬉しくて、そして痩せてしまった姿に、胸が痛んだ。  駆け寄りたいのに足はまるで動かない。  亜実先輩が、健司先輩が、こんなに幸せそうに笑っている。二人が結婚する。  そこでふと気がついた。  ーー今、何と言った? 「え……?」 「二人に証人になってほしいのよ」  亜実先輩は微笑んで、もう一度告げた。
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