一、

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「……何だ」 「昔、一樹と迷子になった時に家まで送ってくれたお爺さんですか?」  もう一度尋ねると祖父が顔を上げ、初めて目が合った。表情は読めない。だけど嫌がってはいない。 「……思い出したか」 「はい」  真っ直ぐに祖父を見つめ、はっきり頷いた。  心臓の鼓動が大きくなる。チャンスは今しかない。子羊のローストはまだ半分以上残っているけれど、静かにナイフとフォークを置いた。 「私のおじいちゃんですか?」  咲希の問いかけに、祖父の表情がまた僅かに動いた。  緊張で背筋が自然と伸びる。たった数秒が何倍にも長く感じた。 「お前はあれに似て出来がいいようだ」  少しの間の後祖父が発した言葉は、肯定でも否定でもなかった。 「あれって?」  一樹の事? 他の兄弟の事? 誰を指しているのかはわからない。でも答えてくれる気はないらしい。   「授業も真面目に受けているようだし、息抜きも必要だろう。読書も好むようだな」 「あの」 「授業以外の時間であれば一階と中庭には出てもいい。奥に図書館がある」 「おじい……」 「中の本は好きに持ち出していい。来週からは少し自由時間を増やそう」  聞きたくても尽く遮られてしまう。それどころか話そうとする度に祖父の目つきは厳しくなる。  これ以上は無理そうだ。 「……ありがとうございます」  そう言うしかなかった。  祖父はその答えに満足したらしい。静かに食事を再開した。ナイフとフォークの音以外何も聞こえない無機質な空間へと逆戻りだ。  ーー皆に会いたい。  ーー皆のところに戻りたい。  願いながら、咲希も再びナイフとフォークを手に取った。
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