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「……何だ」
「昔、一樹と迷子になった時に家まで送ってくれたお爺さんですか?」
もう一度尋ねると祖父が顔を上げ、初めて目が合った。表情は読めない。だけど嫌がってはいない。
「……思い出したか」
「はい」
真っ直ぐに祖父を見つめ、はっきり頷いた。
心臓の鼓動が大きくなる。チャンスは今しかない。子羊のローストはまだ半分以上残っているけれど、静かにナイフとフォークを置いた。
「私のおじいちゃんですか?」
咲希の問いかけに、祖父の表情がまた僅かに動いた。
緊張で背筋が自然と伸びる。たった数秒が何倍にも長く感じた。
「お前はあれに似て出来がいいようだ」
少しの間の後祖父が発した言葉は、肯定でも否定でもなかった。
「あれって?」
一樹の事? 他の兄弟の事? 誰を指しているのかはわからない。でも答えてくれる気はないらしい。
「授業も真面目に受けているようだし、息抜きも必要だろう。読書も好むようだな」
「あの」
「授業以外の時間であれば一階と中庭には出てもいい。奥に図書館がある」
「おじい……」
「中の本は好きに持ち出していい。来週からは少し自由時間を増やそう」
聞きたくても尽く遮られてしまう。それどころか話そうとする度に祖父の目つきは厳しくなる。
これ以上は無理そうだ。
「……ありがとうございます」
そう言うしかなかった。
祖父はその答えに満足したらしい。静かに食事を再開した。ナイフとフォークの音以外何も聞こえない無機質な空間へと逆戻りだ。
ーー皆に会いたい。
ーー皆のところに戻りたい。
願いながら、咲希も再びナイフとフォークを手に取った。
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