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残った男の子は。
「……ありがとうございました」
ぶっきらぼうに言って教科書を拾い始める。手伝おうと一番近い教科書に手を伸ばしたけれど、それは届く寸前で引き抜かれた。
「大丈夫です!」
その顔には手を出される事への不満がありありと見えた。まるでいつかの誰かを彷彿とさせるようで、ここで無理にでも手を貸すのは逆効果だとわかる。
何も言わずに体を起こすと、男の子は素早く教科書を鞄に詰め込み。
「ありがとうございましたっ!」
叫ぶように告げて早足で去って行った。向かう先はやっぱり体育科だ。
「あれなら大丈夫そうだな」
その力強い足取りに慧は口角を上げた。
「え?」
「千種和臣。体育科のAランク。根性ありそうだ」
「知ってるの?」
「1年のプロフィール見た時に珍しい苗字だから覚えてたんだ」
確かに千種の後ろ姿はさっきの逃げて行った五人とはまるで違う。背筋はピンと伸び、足はしっかりと地面を踏みしめている。
ーー確かにあれなら負けなさそう。
でも、安心はできない。気持ちは博が代弁してくれた。
「まさか1年生までこんな事になってるなんてな」
そう。今までの学園に不満を持っていた上級生ならまだわかる。まさかこんなに早く1年生まで。
「急がないとだな」
「そうだね」
目の前で実際に起きるとまた違う。改めて決意を口にした。
さっきまでの楽しかった帰路が嘘のように、場は静まった。それを破るように大袈裟に笑ってみせたのは華だ。
「にしても最近の1年生は怖いよねー」
「え?」
「皆気が強くて怖そうだなーって。私達の時とは大違い!」
小さく舌を出して戯ける姿は確かに全然怖くない。でも。
「いや、華も結構怖かったからね⁉︎」
「咲希ひどーい! 私は舐めくさった奴以外にはそんなに怖くなかったって」
今の1年生達だって、昔の華には絶対勝てない。咲希が思わず吹き出すと、釣られるように皆の顔に笑みが戻った。
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