一、

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 そしてもう一つ。その女性の雰囲気には見覚えがあった。胸元までの黒髪に優しげで少し目尻の下がった目元。写真でしか見た事ないけれど、でも似てる。これは。 「美紗さん……?」  工藤先生の妹、美紗さんによく似ている。  自然と一歩、また一歩と絵に近づいた。美紗さん本人かとも思ったけれど、絵の右下には【美由希・二十歳】と知らない名前が書かれている。その隣には今から三十年前の日付。  聞き覚えのない名前だ。でも、その女性が自分と無関係とは思えない。咲希は暫くの間その場に立ち尽くした。  答えは思いの外早く見つかった。  授業と夕食を終えると、今までより長くなった自由時間がやってくる。ベッドに腰掛けて、借りておいた本を手に取った。  この屋敷の図書館には小難しい専門書や経済誌なんかも多いけど、それ以上に世界の童話集や文芸作品なんかが並んでいる。少し意外に思ったけれど、有り難い。毎日休みなく難しい勉強をさせられているのだから、休み時間くらい楽しい事を考えたい。借りてくるのはハッピーエンドの小説ばかりだ。  今日はハードカバーの恋愛小説。恋愛小説といってもベタ甘なストーリーではなくて、アクションがメイン。困難な戦いに挑む中で主人公達に自然に恋愛感情が芽生えていく姿が描かれていて、咲希も照れる事なく物語に入り込む事ができた。  違和感に気づいたのは物語も終盤に差し掛かろうという時だ。ページを捲ると、跡が残っている事に気がついた。まるで鉛筆かシャーペンで何かを書いて、慌てて消したようなそんな跡だ。
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