一、

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 何となく気になった。咲希はおもむろに立ち上がると勉強机へと移動した。そして筆箱から鉛筆を取り出すと、跡の周りに芯の部分を優しく滑らせる。  ーーき。  ーーづ、い。  ーーて……。  ーーきづいて。  現れたのは誰かの叫びだった。 「何これ……」  その場で次、また次とページを捲った。  次の跡は主人公達が結ばれたページにあった。同じように鉛筆を滑らせるとまた言葉が現れる。 『いいな』  これで終わりじゃない。 『つかれた』 『主人公になりたい』 『もういや』  小説にはいくつもの言葉の痕跡が残されていた。  そして主人公達のその後が描かれた最後のページには。 『私も自由になりたい』  今の自分と重なる悲痛な想いと、涙で濡れたような跡が残っていた。 「こんなの……」  一体誰が。想いを巡らせると同時に、これで終わりなわけがないと思った。  もし他の人がこの文字に気づいていたなら、きっと図書館に置いておかない。消したのは書いた本人だ。  気づいて欲しい、でも気づいて欲しくない。こんな方法で訴える程の想いが、たったこれだけで終わるわけがない。  時刻はもう夜十時を過ぎている。それでも気になって仕方ない。静かに部屋の扉を開けた。  幸い、屋敷の使用人達は食事と掃除以外はこの部屋に近寄りもしない。廊下に人気はなかった。音を殺して図書館へと向かう。  古びた、でも立派な装飾の入った木製の扉を開けると、少しだけ木が軋む音がした。図書館には大きな窓があるから、電気はつけられない。廊下の明かりだけを頼りに、ハードカバーの小説が集まる棚を目指した。  小説の棚は部屋の奥。そこまで行くと明かりはほとんど届かなくて、ほんの少し怖い。でもそうは言ってられない。最後は手探りで今日の本を借りた三段目の棚を探し当てて、そこにあったハードカバーの本を抱えられるだけ抱えた。
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