446人が本棚に入れています
本棚に追加
/218ページ
〈借り人は……今夜食事に誘いたい相手。間違いないですか?〉
〈……ああ〉
博の返事は普段とは打って変わってぶっきらぼうで、テント内はまた一段と色めきたった。実況をお願いした宏太の口元も緩んでいる。
〈ありがとうございます! ではお二人はそれぞれのテントにお戻りください。先端技術科に4点入ります。続いて体育科ゴールです!〉
宏太がカードを正確に読み上げなかったのは一応博に配慮した結果だろう。
用意したカードは正確には『今夜フレンチレストランブラウンの特別席を予約済! そのディナーに誘いたい相手。』唯一誕生日に慧がいなかったあの日、博と謙太が連れて行ってくれた思い出の店だ。
色とりどりの花びらを使った前菜は女性ウケ抜群だし、店の内装も「プロポーズされるの私⁉︎」なんて冗談が出る程洗練されている。その特別席。間違っても謙太を誘って二人で行くような雰囲気じゃないし、博も意味はわかっている筈だ。
博と華はすぐさまテントに戻る事はせず、グラウンドの隅で何か話している。博はこちらに背を向けているからどんな表情か見えないけれど、博がこちらに背を向けているなら華は反対。いつもと違うその表情がよく見える。そして最後に華が小さく頷いて、二人は別れた。
「おかえりー!」
「お前らなあ……」
テントに戻ってきた博は相変わらず怒った素振りを見せた。でも耳が赤いから照れているだけなのも丸わかり。だから後輩達も容赦がない。
「博先輩おめでとうございます!」
「一位ですよ一位!」
「ゴールテープ切るの、井丹先輩と同時でしたよ!」
「ほんっとお似合いでした!」
「素敵でした!」
「井丹先輩を迎えに行く博先輩、ほんとに格好良かったです!」
これぞ褒め殺し。反論の余地を与えない勢いの前では博も何も言えない。トドメは謙太の邪気を微塵も感じさせない問いかけだ。
「で、何て言ったの⁉︎ 付き合うの⁉︎」
「…………ハァ。咲希達が予約してくれたから食べに行こうって誘って、その席で告白するから覚悟しておいてほしいって伝えた」
その瞬間、頑丈な筈の先端技術科のテントが確かに揺れた。
最初のコメントを投稿しよう!