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感じていた得も言われぬ恐怖はいつの間にかなくなった。ただ、どうしたらいいかは未だにわからない。
咲希は大きく息を吐き出してから、本のカバーを元に戻した。
まどかはあの日から週に二度程マナーの授業を受け持つようになった。目的はわからない。でも、機械的な授業、機械的な会話ばかりのこの屋敷で、まどかだけが普通に接してくれる。いつしか授業が楽しみに変わっていた。
今日はランチを兼ねてフレンチ料理のマナー。祖父との息が詰まるような食事とアフタヌーンティーの授業を除くと、誰かと食事するのは実に四ヶ月ぶりだ。でも。
「はーい、お待たせ〜」
「いらっ……しゃ、い?」
部屋に入って来たまどかの顔に違和感を覚えた。
「あらなぁに?」
「いえ……」
今日はメイクが濃い。
学園にいた頃からまどかは常に美しく着飾っていた。黒のドレスと赤い口紅がこれだけ似合う人はそういない、メイクに疎い咲希ですらそう思ってしまうレベルだ。でも、決してメイクが濃いわけではない。ファンデーション、眉、アイメイク、チーク。どれを取ってもまどかにとって最適な物を選んでいて、その結果黒のドレスと真っ赤な口紅がよく似合う美女が完成しているだけ。
ーーなのに、今日はどうしたんだろう。
自分を美しく見せる事に自信を持つまどかが、他人にそんな印象を抱かせるなんて初めてだ。勿論いつも通り美人には変わりない。だけど離れた距離でも白っぽく感じてしまう程ファンデーションは厚く、チークが浮いて見える程頬も赤い。
でもまさか正直に言う事もできない。
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