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翌朝アパートメントホテルから事務所に出社すると、先輩達は既に揃っていた。まだ定刻まで時間があるというのに全員で春奈さんが操作するパソコンを覗き込んでいる。
「おはようございます」
「急ぎの仕事ですか?」
教えてもらっている立場で、ここでは一番の下っ端。仕事に加わろうと急いでコートを脱ごうとすると、笑顔の春奈さんに制された。
「ううん。デザインの依頼と言えば依頼だけど、仕事ではないから安心して」
「仕事じゃない依頼?」
「誰からですか?」
「お姫様」
面白そうに答えたのは奈津紀先輩だ。
「姫から?」
「何の……」
コートのボタンを中途半端に開けた状態でパソコンを覗き込む。
【拝啓 新春の候 皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます】
目に入ったのは入力途中の畏まった文章と画面を縁取るように飾られた花模様。何かのカードなのは見てとれる。
「これ何ですか?」
「あなた達の結婚式の招待状よ」
奈津紀先輩はサラリと答えてみせた。
姫はロングコールの末にやっと電話に出てくれた。
〈どうしたの?〉
「どうしたのじゃないですよ! 何で俺と咲希の結婚式の招待状なんて準備してるんですか!」
慧が吠えても何のその。
〈あら? プロポーズしたんじゃないの?〉
これが当たり前、寧ろ驚くこちらがおかしいとばかりの言葉が返ってくる。
「しました! しましたけど何でそれを!」
〈だって慧は早く結婚したがってたでしょう? 何年も待てるとは思えないし、プロポーズは咲希の誕生日かと当たりをつけていたけど何もなかったみたいだから、これはクリスマスしかないと思っていたの〉
全てを見透かしたような名推理に慧の口はあんぐりと開かれる。しかもこれでは終わらない。姫はこちらの事なんて一切気にせずに、また驚きの言葉を発した。
〈良さそうな式場を三十軒ほど見繕ってあるから後でデータを送るわね。大晦日までに返事を頂戴。あと、咲希は来月はお休み。一緒にドレス選びとエステツアーよ〉
「何でそんな急なんですか! あと何日しかないと……ゆっくり話し合わせてください!」
〈時間なんてないわよ? 三月にやるんだから〉
そんな無茶な。それが出てきた正直な感想だ。でも。
〈春休みなら全員集まれるでしょう?〉
脳裏にネデナ学園に残してきた後輩達の顔が過った。
ーーああ、この人には勝てない。
久しぶりに皆と会える。大切な家族と。
ネデナ学園に入って、出会えて、本当に良かった。
慧と共に。
「もう姫!」
ただ笑った。
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