番外編

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 それが今はどうだろう。  めったに鳴らなかった携帯が、最近は頻繁にその役割を果たすようになった。 「はい」 〈あ、良かった! 今日家にいます?〉 「いるけど……?」 〈なら良かった! 駅ビルでシフォンケーキのポップアップやっててたくさん買ったんで! 夕方持って行きますから!〉    携帯の向こうから聞こえてくるのは以前はよく聞いた声。だけど、学園にいた頃はこんな弾んだ声なんて聞いた事がなかった。 「あなたよく私にそんな事言えるわね。学園での事忘れたの?」  つまらないから髪を染めて。あれを買ってきて。授業なんてどうでもいいでしょう? 徹夜でもいいから並んで来て。  散々命じた筈だ。それが当たり前だった。  なのに玲央からは遺恨も何も感じられない。 〈昔は昔でしょ、出すのやめましょうよ! 咲希にも姫さんにもキレられますよ⁉︎〉  常に私達の顔色を伺っていた『弱い』男の子はもういない。仕事も資格勉強も頑張って、日々を力強く歩む頼りになる一人の男性だ。 「……一樹もいるわよ?」 〈どうせ俺の事無視だろうけどいいっすよ。一樹に持って行くわけじゃないんで!〉 「わかったわ。なら待ってる」  あれだけ蔑んだ筈の玲央に、自分でも驚くくらい優しい声が出た。  通話を切ると、携帯は数拍の間も置かずに再び音を鳴らした。手放す暇もない。 「はい」 〈明日あいてます?〉  声の主はこれまた何故か私に構うお姫様だ。 「何故?」 〈ドレスを見に行きましょう? 園香と海里がとっておきを集めてくれていますから〉 「だから何故?」 〈同じテーブルで丸かぶりは気まずいでしょう?〉 「だから何の事よ?」 〈すぐにわかります〉  きっといつもの自信に満ちた笑みを浮かべているのだろう。楽しげな声に、似合いの綺麗なワンピースを着て、凛と立って微笑む姿がありありと浮かび上がる。  何だかんだと長い付き合い。こうなっては聞く子じゃないのはよく知っている。 「……わかったわ。大丈夫」 〈では午前十時半頃迎えに行きます。ランチは陽希君ものんびりできる個室ソファー席のお店を予約しておきますから〉  もう一度了承の言葉を囁いて、今度こそ携帯を置いた。
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