番外編

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「……なんだって?」  少し離れたソファーからかけられた声は淡々としたものだ。この声が同じ空間に在る事にもだいぶ慣れた。気になっているだろうに、腕の中の陽希を見つめたままで、一向にこちらを見ようとしないのはご愛嬌だ。 「これから玲央が手土産を持って来るって」 「……そうか」 「夕食に誘うわね。あと私、明日はお姫ちゃんとお買い物らしいから」 「勝手にしろ」  忌々しいとばかりの言葉だけれど、その声に以前のような憎しみは込められていない。  忙しいだろうに平日はどんなに遅く帰っても家で夕食をとり、休日は子供を可愛がる夫と、父親に抱かれ、安心してあどけない寝姿を見せる息子。目の前の光景が自分でも信じられない。   「旦那様、奥様、お手紙です」 「私達に?」 「ええ、陽希様も連名で」  手渡された華美な装飾が施された厚手の封筒の裏には、可愛い妹の名前。すぐに先程の電話の意味を悟った。 『結坂一樹様    まどか様    陽希くん』 『一条慧  結坂咲希』  両面に印字された連名にそっと触れる。上質な紙の感触は間違いなく現実のものだ。  携帯に手を伸ばすと、待っていたかのように音を奏でた。 〈手紙を送ったんですけど〉  聞こえてきた声は思っていた通りのもの。 「さっき届いたところよ」 〈良かった! 急ですみません、この日大丈夫ですか?〉  ーーあなたのためならいくらだって時間を作るわよ。  出てきそうになった言葉は飲み込んで、夫と息子を振り返る。とっくに状況を理解しているだろうに、頑なにこちらを見ないのだから困ったものだ。 「……おめでとう」 〈ありがとうございます!〉  聞こえてくる声は本当に幸せそうで、悪戯心が生まれた。   「あなたの一番上のお兄さんは行きたくないってごねるんじゃないかしら?」 〈そしたら首に縄でもつけて連れてきてくださいね!〉  もう傅かれることはない。煌びやかなイベントも少ないし、何より騒がしい。  思い描いていた未来とは違う現実だけど。 〈あ、全席丸テーブルでまどかお姉さんの席は一樹と秀樹さんの間ですから! 二人が揉めたらよろしくお願いします!〉 「あら。なら私はどちらにつこうかしら」 〈もう! またそんな事言って!〉  頬が緩むのを抑える事はできなかった。  この感情の名はーー
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