一、

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「……本当に腹が立つ」 「え……?」  今まで感じていた得体の知れない恐怖は全てなくなった。  一樹をどうにかしたいのは山々だけど、まずはこの人だ。 「蘭沢先輩は赤ちゃんが嫌なわけじゃないんですよね?」 「勿論私は産みたいわよ! でも……認めてくれるの?」  その瞳に薄く水の膜が張っているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。 「認めるも何もないですよ! 一樹が何て言おうと、寧ろ一樹に内緒だとしても、元気な赤ちゃんを産む事だけ考えてください!」 「……あなたは嫌じゃないの?」 「嫌なわけないじゃないですか! お姉さんと甥っ子か姪っ子ができるんですよ?」  声を張り上げると、口角を緩めてくれた。 「ふふ……でも、あなた以外誰も喜んでくれないと思うけどね」 「そんな事ないですよ!」 「あなたのお祖父様がどういう人かわかってないでしょ? 跡取りの子供を産む相手なんて、自分の認めた相手以外はどんな手を使っても排除するわよ。城之内家にはうちも全然歯が立たないわ」  祖父や城之内家がどれだけすごい物なのかはわからない。  でも確信がある。 「大丈夫です。絶対手出しなんてさせませんから」 「言い切れるの?」 「はい。だって私、花園のお花ちゃんですから」  私は一人じゃない。  学園に入ってから何度もピンチは経験してきた。その度に一緒に乗り越えてきたんだ。  助けて。サインは送った。助けを求めて手を伸ばせば絶対に握り返してくれる。私一人じゃ何もできなくても、二人なら、皆となら、絶対に乗り越えられる。 「だから蘭沢せんぱ……まどかお姉さんはまどかお姉さんらしく、昔みたいに高笑いしながら、赤ちゃんの事だけ考えていてください!」  咲希がふざけてみせると、まどかの手はゆっくりと自身のお腹へと移動した。まだ膨らんでもいないそこを優しく撫でる。 「ええ、そうね。私らしくなかったわね」    その表情にはまだ憂いが残っている。だけど涙は一筋流れたきり、いつの間にかなくなっていた。
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