二、

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二、

 それは雨の日が続き、梅雨入りを感じさせるある夜の事だった。  いつものように二十三時頃にはベッドに入り、眠りについた。真っ暗で自分以外誰もいない部屋には物音一つない。壁も防音がしっかりしているから、他人の存在を感じさせない。まるで屋敷に自分一人なってしまったかのような錯覚すら覚えて、ここに来た当初は夜が特に苦手だった。  それくらい静かな夜。それが当たり前になりつつあった。  だから最初は夢かと思った。  意識の端から聞こえる小さな音。現実には何も聞こえる筈ないのに、音は少しずつ近づいてくる。  ーー何の音だろう……。  でも、脳が音の正体を突き止める前に次の衝撃が訪れた。 「あっ」 「ひゃあっ!」  舐められたのだ。思い切り、顔を。反射的に目が開く。 「おい!」  ベッドランプは点けていなかった。だから真っ暗だ。 「離れろって……大声出すなよ⁉︎」  でも、至近距離どころか顔から全然離れようとしない存在を間違えるわけない。この声を間違えるわけがない。 「慧、ジスラン……」  会いたくて仕方なかった一人と一匹が今ここに、この場所に、目の前にいる。 「遅くなって悪かった」 「うん……」  慧は顔中を舐め回そうとするジスランを押さえようとしているらしかった。 「驚いたか?」 「うん……」  話したい事がたくさんあった筈なのに、いざ会えると言葉が見つからない。代わりに手を伸ばすと、抱き起こされる。そしてそのまま温かいぬくもりに包まれた。
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