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「相変わらず数学は強いけど文系は弱いみたいだね」
「……どうも」
真瀬はあんな事があったなんて微塵も感じさせない、邪気ひとつない笑みで話しかけてくる。嫌味くらい言ってやりたくなった。
「由羅がどれだけ傷ついたかわかりますか?」
「知らないよ」
「知らないって……」
「一樹様の恥になるような存在だったのが悪いよね?」
まるでそれが当たり前とでもいうかのように言ってのけた。
「……何で一樹のためにそこまでできるんですか」
視線を逸らして尋ねたのはせめてもの反抗だ。でも、それを聞いた途端真瀬の声は一気に明るくなった。
「一樹様は俺達の希望だ! 生まれた家じゃない、個々の努力と才能が評価される世界に変えてくれると約束してくださった! そしてそれが本当に叶うところまで来てる!」
顔を見なくてもわかる。その目はきっと爛々と輝いている。
「一樹一樹って……そこにあなたの意思はないんですか」
「一樹様の夢が俺の夢で一樹様の右腕になる事が俺の人生だ」
心酔なんて言葉じゃ生ぬるいかもしれない。それくらい真瀬の言葉には迷いがなくて、もう何も言えなかった。
真瀬が出て行っても、昼食に手をつける気にはなれなかった。
真瀬の言葉からも一樹が祖父の跡取りに選ばれたのは事実らしい。それがどれだけの人を傷つけての事なのかは考えたくもない。
食欲なんて湧く筈がない。
でも授業は待ってくれない。今日も時間ぴったりに扉が開いた。
「はーい」
現れたのは今までの講師じゃない。
「え……?」
「元気にしてたかしら、お花ちゃん」
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