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「……この間は悪かった、なんか記憶あやふやなんだけど……俺相当酔ってたんだろ?」
「まぁ別にお前の飲みグセ悪いのいつものことだしな。いーよ。けど弟君にはお礼言っといたか?」
「アツ?なんでアツが……」
「そこも覚えてないのかよ。酔いつぶれたお前背負って帰ってくれたんだよ」
「あー……なるほどね」
キスをされたことは覚えてるけど、その前後は定かではなかっただけに椎名の言葉に納得した。最初から椎名ではなくアツだったということか。そう思うと余計、ばつが悪い。
人が行き交う駅前。
こうして椎名と並んで歩くのはなんだか懐かしい。学生の頃はどうやって時間を潰すかばかりを考えてはこうして街を彷徨いていたことを思い出す。
「立ち話もなんだしそろそろ行くか。こうやって二人で飲むのってすげー久しぶりだよな」
「ああ、そうだな。行こーぜ。このために朝と昼抜いてきたんだし」
「それ大丈夫なのか?」
笑う椎名。その横顔は学生のときに比べたら大人びているが、笑うときの癖や目とかがそのままでなんとなく安心した。
椎名はいいやつだ。俺が女子全員敵に回してしまったときも周りがどんだけ俺のことボロクソ言っても、こいつだけは俺の味方をしてくれた。
お人好しなのだろう。昔から、赤の他人には優しいやつだった。だから今でもこうして交流が続いてるのだろう。
そんなことをしみじみと考えていると不意に、「あれ?」と椎名が立ち止まる。
店へと向かうと途中だった。立ち止まった椎名は、向かい側の歩道を見て「おい亘」と俺の肩を掴んでくる。
どうした?とやつの目線の方向を見れば、行き交う人の中、見覚えのある姿を見つけた。
「あれってお前の弟君じゃね?」
高い身長はよく目立つ。周りから頭一個分飛び出した猫背気味の長身のその男は、間違いない。アツだ。
Tシャツにチノパンというラフな格好をしたアツの横には、派手な格好の女の子の姿もあった。
楽しげに腕を絡めるその女の顔には覚えがある。あいつは、確か。
「っあれ、あれって……名前なんだっけ、高校のときお前と付き合ってた……」
椎名の言葉に、ハッとした。
そして、慌てて視線を逸らす。
「……そうだっけ?他人の空似じゃね?」
確かにあの子は俺の幾つか下だったから、もしかしたらアツと同い年にはなるのだろう。元カノが弟と腕組んでたからなんだ。けど……なんだろうか、なんか胸の辺りがもやもやする。
別れて大分経ってんだし、別に俺には関係ないだろう。そう言い聞かせながら、俺は、椎名の腕を掴んだ。
「……椎名行こーぜ」
「あ、おぉ……」
他人の空似?んなわけあるか。俺、人の顔覚えるの得意だし。けどなんで、と考えだしたらそこで終わりだ。別にいーじゃん、あいつだってモテるんだから彼女の一人や二人いたっておかしくない。
それよりも、不自然に動揺してしまう自分がちょっと嫌で、俺は逃げるようにその場を離れた。
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