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アツは、気味が悪いほど優しかった。
風呂を用意してくれ、お風呂から上がると暖かい飲み物を用意してくれて、それから、傷の手当をしてくれた。
行為の最中は細かい痛みに気づかなかったが、全身至るところに爪の跡が残っていて、熱が抜けた今、全身が裂けるように痛んだ。
そして、
「っ、アツ、も……いいから……」
「何がいいんだよ……全然よくねーから」
「……ッ、ぅ……痛ぅ……」
ベッドの上、アツの膝の上に座らされた俺はアツの手によりケツの穴に軟膏を塗りたくられていた。正直、数時間前まで椎名に挿入されていたそこをアツに触れられるのは耐え難いほど恥ずかしかったし屈辱だった。けれど、放置する俺に「駄目だ」と言い張るアツに折れ、現在に至るわけだけど……。
「っ、悪い……」
裂傷に触れ、堪らず呻く俺にアツは驚いたような顔をし、そして、萎縮する。高校生になってからはあまり顔に出ないようになったアツだが、その表情の微かな変化は昔から変わらない。罪悪感。以前の自分の行為を思い出してるのだろう、アツは、俺が痛がると手を止め、爪が当たらないように中に満遍なく薬を塗り込んでいく。緊張してるのか、微かに指先に力が籠もるのもわかってしまうから仕方ない。
「……嘘、全然痛くねーわ」
「大丈夫だから、そんな心配しなくても」気付けば、俺はアツの腕を撫でていた。条件反射だった。すぐに俺は何してるんだろうかと思ったが、アツの表情がムスッとしたものになるのを見て、あ、と思う。
「……お前は、いつもそうだな」
それだけ言って、アツは俺から指を引き抜いた。このまま変なことをされるのではないかと思ったが、本当に手当してくれただけのようだ。薬が残った内部はムズムズしてなんだか居心地が悪かったが、焼けるほどの疼きが収まってきたような気もした。
俺の下着を履き直させてくれるアツは、そのまま俺をベッドへと寝かせる。
「今日は動くなよ」
「……言われなくてもそのつもり」
「……」
アツは、何もいわずにベッドから立ち上がる。
そのまま部屋から出ていこうとするアツに「どこに行くんだよ」と声を掛ければ、目線をこちらへと向けたアツは「薬局」とだけ口にした。
閉まる扉。一人部屋に残された俺は、布団を頭から被り、目を閉じた。
何もしなければ椎名の顔が頭に思い浮かび、嫌な汗が滲む。忘れられるわけがない。あいつ、家まで追ってこないだろうな。窓の外を確認する勇気はなかった。
あいつは高校の頃何度かうちに遊びに来たこともある、まだ覚えてる可能性だってあるのだ。
……早く、アツ帰ってきてくれ。
そもそも、こんな時間帯に開いてる薬局なんてあるのだろうか。薬局って、コンビニのことか?でも、薬なら大体リビングの薬箱に揃ってたと思うが……。
……アツ、遅いな。
なんで俺、アツのこと大人しく待ってんだよ。こんなにも一人が心細く思える夜もなかなかない。
目を閉じる。アツは変わったと思っていたが、何も変わっていない。ただ単に俺がそう願ってるだけで本当はそうじゃないのかもしれないが、少なくともあのとき、俺を抱き締めたアツの目には見覚えがあった。
……アツ。
目を瞑る。脳は冴えていたが、どうやら体が限界に達したようだ。急激に襲い掛かってくる睡魔に、俺は泥のように深い眠りについた。
寝てる間、ベッドの側で気配がした。
アツが帰ってきたのかもしれない。そう思ったが、鉛のように重くなった瞼を持ち上げることは敵わず、俺は再度眠りについた。
そして、次に目を覚ましたときだ。
枕元に、見慣れた携帯端末があった。
「……これ……」
節々が痛む体を起こし、端末を手に取る。
衝撃を受けたようだ、真っ黒な画面は大きく蜘蛛の巣状に割れていた。
確か、あのとき椎名に取られて、それで……どうしたんだっけ。
「……痛……ッ」
ベッドから起き上がろうとしたとき、鋭い痛みが腰に走り思わず声を洩らす。
「……寝とけって言っただろ」
すぐそばから呆れたような声が聞こえてきた。
俺が起きるのを待っていたのだろうか、ソファーに座って雑誌を読んでいたアツはそれらをテーブルに起き、そして俺の元に寄ってくる。
「アツ……これ……」
「……アンタのジーンズのポケットに入ってた」
「…………そう、なのか」
確か、椎名に取り上げられ、あいつが自分の上着に仕舞ったのまでは見たが……もしかしたら店を出るときに俺のポケットに忍ばせたのか?
だとしたら、どのタイミングでこんなにひび割れたのだろうか。
考えてみるが、どうもなにか腑に落ちない。胸の奥がざわつくのだ。
「……腹、減ったんじゃないのか?」
「……あ……言われてみれば……」
「ちょっと待ってろ」
それだけを言い残し、アツは部屋出ていく。
パタンと閉まる扉。そこで俺は、こうしてアツとちゃんと会話できていることに気付いた。
いつもなら俺を無視するか罵詈雑言投げてくるはずなのに……アツが優しい。
それは今に始まったことではない、昨夜、帰宅時からアツは俺に優しくしてくれる。
喜ばしいはずなのに、素直に喜べないのはそのアツが優しくなったキッカケのせいだろう。
……椎名。
数少ない親友だと思っていた。それなのに。
投げかけられた言葉の一つ一つが蘇り、唇が震える。……犯されたことが悔しいとかムカつくとか、そんなことではない。俺の、俺とアツの秘密を他人であるあいつに知られてしまったことが、なによりも、不快だと思ってしまうのだ。土足で部屋の中を踏み荒らされたような、感覚。
携帯端末の電源を入れてみるが、画面は真っ白になったままホーム画面が表示されることはなかった。
……完全に壊れてるようだ。
正直、俺はホッとした。椎名から何かしら連絡があったらと思うと、生きた心地がしなかったからだ。
……どちらにせよ、修理に出さなければならないが。
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